第10話「さあ、焼かれようか?」
「カルビ、ハラミ、ロース、レバー、サーロイン……、欲望がぎゅうぎゅう詰めだな」
炎天下の砂浜で、延々と問い詰められる。鋭い眼光のモウガルドは、実に不機嫌だ。波打ち際に、雄の牛馬が相まみえる様子は、実に滑稽そのものである。
といっても私は、馬面なだけなのだが。
「だから誤解だと言っておろう……。手帳の走り書きに、特段の意味はござらんて……」
白を切る。汗だくになりながら、手で顔を仰いでいると、奴がニヤリと笑ったのだ。
「『焼肉デート解体新書』。これなーんだ?」
「!!」
「おぬし、抜け駆けしようとしたな? 俺様の肉を手土産にな?」
「……そんな、滅相もござらん! ルミナ様はメインディッシュではござらんよ」
しんと静まり返る。眼前の雄牛は、わなわなと震えているではないか。怒りで、神獣の背中が上気していた。
「今のは、言い間違いでござる!」
「ならば、その涎は、何なんだろうな?」
背中を冷たいものが流れた。最早これまでと覚悟を決める。最速の型で愛刀を抜き放てば、神獣は鋭く跳ね上がり、私の背後を取った。
「無様だな。尻もちを付くとは。覚悟はいいか?」
左手に掴んだ砂がザラザラして熱い。二兎を追う欲深い者は、地獄に行く定めなのだろう。私が、二度目の生を諦めた瞬間のことである。
「やれやれ、二人とも。笑えないよ?」
赤いお下げの少女が砂浜に降り立つ。新緑の森を思わせる翡翠の瞳。本来なら世界を救う慈愛を湛えるべきその眼差しは、凍てついていた。
「今回は、ゼフ君の分が悪いね」
返す言葉がなかった。この清廉な少女に、これ程悲しい顔をさせてしまったのだから。
だが、勝ち誇るモウに彼女は言ったのだ。私は耳を疑った。
「喧嘩両成敗だからね? 二人とも、お肉になってもらうよ? あの本書いたの私なんだよ~」
瞬間、私は逃げ出していた。今ならきっと、天翔ける駿馬になれるだろうと思った矢先――
「ぎゃあ――」
遠くから、雄牛の悲鳴が響いた。あまりにも遠く、絶望的に哀しい音が耳に届いた。焦って振り返り、すぐ隣の洞穴に飛び込んだが、その途中で足を滑らせて転んでしまった。
「ひっ……!」
目の前に、赤い靴が見えた。見上げると、ルミナ様がトングを片手に、慈悲深い笑みを浮かべて立っている。
「逃げなくていいのに。その本、最後まで読んでないでしょ?」
彼女は私の襟首を軽々と掴み上げると、洞窟の奥……そこにある「巨大な網」の上へと放り投げた。
「その本はね、愛する者同士が一つになるための、究極の『
彼女の瞳が、爛々と輝く。
「私の理想の、最強の『
熱を帯び始めた網の上で、私は悟った。 彼女が欲しかったのは「恋人」ではなく、文字通り「身も心も脂の乗った完璧な下僕」だったのだ。
ああ聖女様、トングの使い方はそうじゃない。私の意識はそこで途切れた。
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