第9話「地下室の暴食者」
「また太りおって……先月ダイエット宣言したばかりではないか」
「失敬な! これは毒味である!」
薄暗い地下室で小さなロウソクの光に、チーズのカスが口いっぱいのネズミの神獣チューモラクスが映る。悪びれた様子は全くない。
「こんな夜更けにか?」
「これは私の使命である! 任されたし!」
煙るハーブ棚の保存庫。香草は高い防腐力があるのだが、魔除けの効果は及ばなかったらしい。眼前のネズミは本気で毒の心配をしているのだろうか。
「ほう、そうでござるか?では、これもお願いするぞ?」
「承知した。どんどん持って来い!」
灰色の塊は、黙々と壺を空けていく。次から次へと平らげるその旺盛な食欲は、まるで限界を知らない。
「十個も壺を空けるとは!? お主、大丈夫か?」
「私はな、三度の食事より毒味が好きなのだ……こほっ」
静まり返った地下の片隅で、鼠が仰向けになって動けなくなった。腹はパンパンだ。
「コック長に伝える。これから貴殿の食事は全てチーズにすると」
「何……? それは困る。ナッツやパンも出してくれたまえ」
私はジト目で彼を見つめた。まだ強情を張るつもりらしい。
「宜しい。ここに十一個目の壺がある。チーズ、まだいけるでござるか?」
「薬も過ぎれば毒となろう! また今度だ、ゼファー」
仮面を脱いだネズミは、一目散に地上への階段を駆け上がる。私は稲妻の如き速さで奴を追う。指先が下手人の尻尾を掠めたその瞬間――
「おかしい! 何で、上に出られない?」
悲鳴にも似たチューモラクスの声が、長い階段が続く地下に反響する。私も同じ疑問を抱いた。拳一つ分の距離が縮まらない。ロウソクの灯がどんどん消えてゆく。焦り始めたその時だった。ピカーッと眩い光が空間を包んだのだ。
気づけば、私と彼は回し車で追いかけっこをしていた。
『やーやー。これは、つまみ食いの犯人は、やっぱりモラクス君か。お手柄だね?ゼフ君。悪いけどダイエット付き合ってあげてね?』
愛しの赤いお下げが風に揺れる。巨大なルミナ様が美味しそうにチーズケーキを頬張っていた。
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