第8話「毛に寄す祈り」

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番イケメンなのはだぁ~れだ!?」


「拙者でござろう」


昼下がり、豪奢な調度品に囲まれた屋根裏部屋に、天窓から曇天の空が覗く。羊の神獣シープドンは、不格好なタキシードに身を包み、上機嫌である。私は、すかさずいつもの口上で応じた。それは一種の約束組手であった。


「ゼファー、相変わらずだね……。ふ、今月こそルミナ様を落としてみせる!」


「毛で御座る! 聖女様が欲するのは、所詮お主の体毛に過ぎん!」


「面と向かってそれか! だが、禿散らかした君が言うと、実に優越感で満たされるね」


ほぞを噛んだ。足元の絨毯は柔らかく、弾力がある。モフモフの彼がルミナ様の腕に抱かれる光景が脳裏を過り、その場で跪いて震えた。喉元から言葉が競りあがる。


「シープドン殿! その豊かな体毛を、分けて下され!」


哀しい風が吹き抜けた気がした。卓上の魔導書がパラパラと捲れる。静まり返った尖塔の一室で、彼はゆっくりと言葉を落とした。


「カツラか……。君、それほどまで地上の太陽を気にしていたのか?」


「黒水晶の眼鏡を掛けておろう……。曇っておるのにそこまで眩しい?」


突如として、かの羊は、フサフサの髪を振り乱し、天を仰いで叫んだのだ。


「分かっていない! どれ程、君が周りの者たちに勇気を与えていることか! 召喚獣は見た目ではないと、君が示していることかを!」


蝶ネクタイを整え、熱弁を振るうシープドン。彼は至って真面目だった。悪気は全くないらしい。真理を説く学者のように歩き回る。


「鏡への呼び掛けは何ぞ? 説得力が皆無でござるよ……」


「君は、心がイケメンだ! 僕は、僕は、全く敵わないんだ」


まつげが艶をおび、瞳が潤んでいる。芝居がかった口調が耳障りに思えるほどだ。だが、本当に悪気はない。どこぞの俳優顔負けの表情である。私が少しその気になった瞬間のことであった。


「……地毛を植毛すればいいと思う。ありのままの彼が活きる。矯正の必要はあるけど……」


か細い声で奴は呟いた。眼鏡の鼻当てを上下しながら、確かに言ったのだ。感情が爆発した。私は鋼の扉を開け放ち、螺旋階段を駆け抜ける。


その日、私は盗んだステッキで、城中の鏡を壊して回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る