第7話「法廷は鍋の中にあり」

「誰も望んでおらぬ! 皆、ケガをする! それが分かっていながら何故! そのようなことをするのでござる! イノマージュ殿――」


正気を疑う。眼前の猪は、事もあろうに己の残り湯をスープに入れる腹積もりなのだ。昼食に繰り広げられるであろう惨劇を想い、独り震えが止まらない。


「よく言うな? お前こそ、自分が使ったフォークを聖女様に差し出した分際で」


思い切りむせた。膝から崩れ落ちる。刹那、暗赤色のレンガ倉庫は、即席の法廷へと様変わりした。


「お代官様! 言い掛かりでございまする! 何を証拠にその様なこと……」


視線と視線が宙で火花を散らす。猪を睨み上げれば、彼の眼光は私を射殺せんばかりだ。するとどうだろう。立ち昇る水蒸気が、魔力を帯びて、私の首を締めあげていくではないか。


「ええい、見苦しい! 私の鼻はごまかせぬ! 伊達にキノコを探しておらんわ」


「口に含ん……、ほんの一瞬…… 分かろうはずが……」


不穏な静寂が辺りを包んで行く。鉄の樽は、加速度的に熱を上げ、フローラルな香りが狭い空間に充満した。さながらかわやの芳香剤のようだ。湯の色はどどめ色に変色し、水飴のようにねっとりしている。


「ゼファー、お前には実験台になってもらう! 新作のな?」


口を押し広げられ、ねばねばの異物を流し込まれる。私は終わった、そう思った時の事だった。鼻腔を強烈なミントの香りが突き抜けていく。爽やかな蒼空の如き清涼感である。


「どうだ? ゼファー、結構いい出汁がでていると思うのだが」


「コック長、時代が追い付くのを待たれよ。ヌードルには、新しすぎるでござる」


丸々と太った猪は、無骨な円筒樽で思案顔だ。私は、ふいごから手を離し、具材のキャベツを取りに調理場に戻るのだった。


次は私が、出汁を作る番だと心に決めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る