カクヨムで書籍化 学生審査員コンテストバージョン
柿井優嬉
カクヨムで書籍化 学生審査員コンテストバージョン
平凡な中年男性の、堀内という男がいます。
彼は至って普通なのですが、彼の友人に、中学校の教師をしている、近藤という変わり者がいます。
堀内は、顔を合わせた際に、なぜかその近藤が妙にソワソワしているのに気づき、問いかけました。
「なに、お前、どうかしたの?」
「な、何がだよ」
「なんか変に落ち着かない様子でさ。何かあったのか?」
「べ、別に何もありゃしねえよ。バッキャローイ」
二人の付き合いは長いので、堀内は、そんなことを口にしながら近藤が事情を聞かれたがっているのがわかりました。でも鬱陶しいので、もう一回尋ねて答えなかったら、二度と訊くまいと心に決めて、再び問いました。
「何にもないことないだろ。明らかに気持ちがどこか別の場所にあるじゃんか。どうしたんだよ?」
すると、運がいいことに近藤はこのタイミングで自らの動揺の理由を語り始めました。
「私が登場する『カクヨムで書籍化』という小説があって、これが『学生審査員コンテスト』という賞に出品されてるんだよ」
「ああ、その小説のことなら知ってるよ。だって俺も出演してるんだから。で?」
「作者の柿井って奴は文才がなくてさ。『スーパースターな男』って小説は唯一たくさん読まれたけど、これは近年の大谷選手の活躍をはじめとする野球の盛り上がりのおかげに過ぎないから、どうせコンテストで良い結果なんて残せないだろうと踏んでいたんだ。ところが、見ちまったんだよ」
「見た? 何を?」
「そのコンテストの主催者でもある審査員が、近況ノートに『M-1が好きだ』って書いているのを」
「M-1て、M-1グランプリか? 漫才の」
「ビンゴ! つまり、お笑いが好きってことだよ。しかも、学生審査員コンテストにエントリーした小説でコメディ作品は数えるくらいなうえに、お笑い色の強さで考えると『カクヨムで書籍化』が一番濃いと言ってもいいんだ。ってことは、『こいつは最優秀賞も、ひょっとするとひょっとするぞ』と。で、それが頭から離れなくて興奮しちまっているってわけなのさ」
堀内は冷めた表情で言いました。
「ない、ない。無理だよ、最優秀賞なんて。いくらお笑い好きだっていっても、あの審査員はかなり頭の切れる優秀な人だから、あんな小説は選ばないし、仮に彼が推しても、他の審査員は良いと思わないに違いないから、最優秀賞はあり得ないね」
「にゃにをー!」
近藤は堀内の分析に腹を立てましたが、すぐに冷静になって続けました。
「フフフ。言ってりゃいいさ。発表は十二月二十八日だから、その日、私はヒーローになっているだろうよ」
出たよ、また近藤のうぬぼれが、と堀内は思いましたけれども、この男には何を言っても無駄だと思い、反論はしませんでした。
「カーッカッカッカッカッ。十二月二十八日が楽しみだわい。早く来い来い十二月二十八日よ~」
近藤は浮かれて帰っていったのでした。
それからしばらくして、二人はまた会いました。
「ん?」
堀内は、近藤の様子がおかしいことに気づきました。
「お前……」
いえ、正確に述べると、近藤の様子はおかしくありませんでした。どういうことかと申しますと、様子がおかしくなさすぎて違和感があったのです。
さらにわかるように説明しますと、堀内の目の前にいる近藤の表情が「無」なのです。例えるならば、ロボット以上に感情がない顔をしているのです。そんな近藤、いや、そんな人間を、堀内は何十年も生きてきて初めて見た、それくらいの「無」なのでした。
「あ。そういえば、今日は十二月二十八日だよな。学生審査員コンテストの結果は……」
そうしゃべりながら、堀内は近藤の表情の訳がわかったのでした。
「だから言っただろ。期待すると落ち込みが大きくなるから、あのとき駄目だって教えてやったのに」
すると近藤はようやく普通の状態に戻り、言葉を返しました。
「私だって実のところ無理なことはわかっていたさ。でも、私が浮かれないと、物語として成立しないだろ? 柿井という男は、普段自分の小説を読んでコメントをくれた人への返信や、読んだ他人の小説のコメントに、気の利いた言葉が思い浮かばず、毎回頭を悩ませる駄目な奴で、学生審査員コンテスト関係者への感謝もうまいこと書けないのは確実だから、この小説を記すことでその代わりになるよう、私が調子に乗ってあげたというわけなのさ。だから、まったく落ち込んでなどいないさ」
「ふーん。そうだったのか」
しかし、堀内は見てしまったのでした。その後、近藤の自宅を訪れたときに、大量のクラッカーや飾りつけの道具が物置の段ボールの中にしまわれてあるのを。
カクヨムで書籍化 学生審査員コンテストバージョン 柿井優嬉 @kakiiyuki
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