第15話:覇者、降臨


 それは、突如として空から現れた。


 青空を裂くようにして降下してきた巨影が、地面に着地した瞬間、大地が呻くように揺れた。砕けた岩が舞い上がり、私たちの視界を一瞬、灰色に染める。


 その怪物は、咥えたグリフォンの体をぶら下げたまま、悠然とこちらを見下ろしていた。血に濡れた牙の隙間から、まだ微かに動く羽が覗いている。巨大な瞳が私たちを捉えた。冷たい、感情のない視線。まるで、次の獲物を選別する狩人のようだった。


 一歩、また一歩と、地を踏みしめながら近づいてくるたびに、地面が沈み、足元の石が跳ねる。その体躯は、神話に語られる古の怪物そのものだった。


 頭部は異様なまでに大きく、鋭く湾曲した牙が並ぶ顎は、まるで一撃で命を刈り取るために存在しているかのようだ。短くも逞しい首がその重厚な頭を支え、咥えたグリフォンがもがこうとも、微動だにしない。


 小さな前肢には鋭利な鉤爪が光り、飾りのように見えても油断はできない。だが、真に恐るべきはその後肢だった。太く隆起した筋肉が、地を蹴るたびに爆発的な推進力を生み出す。長くしなやかな尾が、まるで鞭のように空を切り、完璧なバランスを保っている。


 地龍——。


 キマイラも、グリフォンすらも敵わぬ、地上の覇者。私たちは、今まさにその咆哮の前に立たされていた。


 誰もが息を呑んだ。


 地龍が顎に力を込めると、グリフォンの断末魔が空気を裂いた。次の瞬間、顎が跳ね上がり、グリフォンの巨体が喉奥へと吸い込まれていく。骨が砕け、肉が裂ける音が、耳にこびりついた。


 気づけば、背後にいたはずのキマイラの姿は消えていた。あの獰猛な魔獣ですら、地龍の出現に恐れをなして逃げ出したのだ。


 私は唇を噛みしめ、震える手で拳を握りしめた。心臓が喉元で跳ねている。逃げたい。けれど、逃げられない。


「ミリアリアさん、オーグさん……勝てますか?」


 声が震えていた。自分でも情けないと思うほどに。

 赤銅色の肌をしたオーグが、珍しく苦い顔をした。


「……アニキがいりゃァ、楽勝なんだがなァ」


 その言葉に、ミリアリアがふっと笑った。だが、その瞳の奥には、張り詰めた緊張と覚悟が宿っている。


 金髪を風に揺らしながら、彼女は静かに頷いた。


「アニー、ケビン。メグーを頼む。私たちが時間を稼ぐ」

「……わかりました」


 私は震える手で、銀髪の少女——メグーを背負った。彼女の小さな体は、恐怖に凍りついたように硬直している。背中越しに伝わる鼓動が、私の心臓と共鳴する。


 アニーは唇を噛みしめ、ケビンは蒼白な顔で拳を握りしめていた。戦えない私たちにできるのは、ただ、信じて待つことだけ。


 ミリアリアが剣を抜いた。周囲の淡い光を受けても煌めくその刃は、まるで彼女の決意を映し出すかのようだった。騎士としての誇りを背負い、彼女は一歩、地龍へと踏み出す。


 オーグもまた、拳を鳴らしながらその隣に立つ。赤い肌に浮かぶ筋肉が、まるで燃え上がるように脈打っていた。


「行くぜ、姉御。やるしかねェ」

「うむ」


 そして、二人は地龍へと駆け出した。


 勝てる保証など、どこにもない。だが、彼らの背中は、確かに希望を背負っていた。

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