第14話:矛盾と調和の獣たち
空気が重く沈み、風は獣の遠吠えのように鳴き、岩肌が脈打つような錯覚に襲われる。
この異様な感覚の正体は、ミリアリアさんの背後——
その奥に潜む“それ”の存在だった。
キマイラ——
3つの魂を1つの肉体に宿す、古代の呪詛が生んだ怪物。
獅子の頭部は咆哮を宿し、黄金のたてがみが風を裂いて揺れる。
炎のように燃える瞳は、見る者の心を焼き尽くす。
胴体は山羊に似て、蹄が岩を砕き、黒鉄の鱗が背を覆う。
尾は蛇——
冷たく、狡猾に、毒を秘めた牙で静かに獲物を狙う。
それは、神々の怒りと人間の欲望が交わった象徴。
獅子は〈力〉、山羊は〈執念〉、蛇は〈裏切り〉。
3つの本能が争いながらも、1つの意思で動くその姿は、世界の矛盾そのものだった。
「チンチクリン……大人しくしてろォ」
背後から、オーグさんの低く唸るような声が響いた。
振り返ると、赤い肌に黒い角を持つ鬼人
——オーグさんが、鋭い眼光で前方を睨んでいた。
その視線の先には、もう一体の魔物が姿を現していた。
グリフォン——
空と大地を統べる、神話の守護者。
鷲の頭部は鋭い黄金の眼を持ち、遥か彼方を見通す。
鉤爪のように湾曲した嘴は鋼をも砕き、羽根は夜空のように深く、太陽の光を浴びて虹のように煌めく。
翼を広げれば空を覆い、一振りで嵐を呼び、雷を従える。
胴体は獅子。
しなやかで力強い筋肉が波打ち、地を踏みしめるたびに大地が震える。
その咆哮は谷を越えて響き渡り、空の王と地の王が1つとなった姿は、まさに神々の意志の具現だった。
「キャルルルルル!!」
グリフォンの咆哮が空を裂き、私の心臓が跳ねる。
私たちは、聖域を侵す者として認定されたのだ。
「ひっ……ひぃいいいいい!!」
ケビンが腰を抜かし、尻餅をついた。
地味な服装に身を包んだ彼の顔は青ざめ、目は恐怖に見開かれている。
キマイラもグリフォンも、出現すれば即座に“要狩猟区域”に指定されるほどの脅威。
その両者が、今、目の前にいる。
先に動いたのはグリフォンだった。
翼を広げ、突風と雷光が空を裂く。
「うらァ!! 舐めんなァ!!」
オーグさんが拳を地に叩きつける。
轟音とともに床が砕け、破片が宙を舞う。
その衝撃波が突風を押し返し、飛び散った破片が雷を逸らした。
グリフォンが一歩、後退する。
あの威容を誇る幻獣が、オーグさんに怯えている——。
一瞬の攻防で、互いに実力を理解したようだ。
「おう……ほれ、どうしたァ?」
挑発するように腕を突き出すオーグさん。
その姿に、私は思わず息を呑んだ。
「さ、さすがは……ティア1冒険者」
世界に21人しか存在しない冒険者の頂点。
その1人であるオーグさんの力を、私はまざまざと見せつけられていた。
だが、忘れてはならない。
脅威は一つではない。
反対側には、キマイラが——
ミリアリアさんが、あれと対峙していたはずだ。
「……!」
視線を向けたその瞬間、ミリアリアさんの剣が閃き、キマイラの尾——蛇の頭部を切り落としていた。
金髪が風に舞い、凛とした横顔に王族の威厳が宿る。
彼女の瞳は冷静で、恐怖の影すら見えない。
「チンチクリン! 姉御の心配なんざァ、不要だぜェ。アニキと姉御は、俺よりつえェからな!」
オーグさんの豪快な声と、目の前の光景に、私の胸を締めつけていた絶望が、ふっと和らいだ。
隣で尻餅をついていたケビンさんも、どこか気味の悪い笑みを浮かべている。
だが——
「退くぞ!! 立て!!」
ミリアリアさんが叫ぶや否や、踵を返し、銀髪の少女メグーを背負い、私を右腕で抱きかかえた。
その動きは迷いなく、まるで王族としての責務を果たすかのようだった。
「え? えええ!?」
その動きに合わせるように、キマイラが背後から猛然と迫ってくる。
ケビンも慌てて立ち上がり、私たちの後を追った。
「……っ! オーグ!」
「へい!」
オーグさんが腰のあたりで両手を構え、そのまま前方へ突き出す。
掌から放たれた光線がグリフォンを撃ち、幻獣は翼を広げて空へと舞い上がった。
「今だ!!」
ミリアリアさんの声が響く。
私たちは、オーグさんを先頭に、奥へと駆け出した。
ミリアリアさんもオーグさんも、それぞれ対峙していた魔物を圧倒しているように見えた。それにも関わらず、逃走を選択する理由が分からない。
「ミリアリアさん!?何が——」
私がミリアリアさんに問いかけようとした、その瞬間。
空へと舞い上がったグリフォンの頭上に、巨大な影が忍び寄っていた——。
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