第10話:祈りの名を呼ぶ声
「お願い……! お母さんを助けて!」
王都の広場に、少女の悲痛な叫びが木霊した。
赤く燃えるような髪を振り乱し、少女は広場の中央に磔にされていた。
その細い体には無数の拷問の痕が刻まれ、見る者の胸を締めつける。だが、彼女の口から絞り出されたのは、自らの命乞いではなかった。母を、ただ母を助けてほしいと、彼女は叫んだのだ。
「○○○!!」
その声に応えるように、金色の髪を持つ二人の少女が群衆の中から叫び返す。彼女たちが呼んだのは、磔にされた少女の名だろう。声は震え、涙が混じっていた。
「異端者め!」
「とんでもないことをしやがって!」
「龍の怒りに触れるところだったんだぞ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せぇぇぇ!」
金髪の少女たちの慟哭とは裏腹に、広場を埋め尽くす民衆は怒号と罵声を浴びせていた。誰もが、赤毛の少女を罪人と決めつけ、石を投げる準備をしている。
その光景が、次第に霞んでいく――。
──夢だったのか。
「……ミリアリアさん」
遠くから、誰かの声が聞こえた。
意識の底から引き上げられるように、私はゆっくりと目を開けた。
馬車の揺れが背中に伝わる。
目の前には、茶色の髪をした素朴な顔立ちの女性、アニーが微笑んでいた。
「ミリアリアさん、交代の時間です」
その笑顔に、私は遠い昔の友人の面影を重ねていた。
「ミリアリアさん?」
「……うむ。代わろう」
ぼんやりしていた私に、アニーは小首をかしげる。
私は、そんなアニーに礼を告げると、ゆっくりと腰を上げ、馬車の御者台へと向かった。
「ご苦労」
御者台には、鬼人族の大男――オーグが座っていた。
かつてフェイが拾ってきたこの男とも、もう長い付き合いになる。
「おうゥ、姉御。後は任せたぜ」
「ああ」
手綱を受け取り、私はオーグと交代する。
馬の背を撫でながら視線を上げると、目の前に広がる景色に、あらためて息を呑んだ。
――天使の零落。
北の大陸に口を開けた、地上の裂け目。その長さは砂海にも匹敵すると言われている。だが、その全貌を見た者はいない。なぜなら、裂け目の途中からは、フロンティアラインと呼ばれる魔力圏の境界を越えてしまうからだ。そこから先の世界の景色は誰にも分からない。地平線の彼方まで続くその深淵を前に、私はこれから挑むダンジョンの規模と危険を、改めて実感していた。
馬車は静かに進み、やがて巨大な神殿が視界に入ってくる。
目的地――
ダンジョンの入り口だ。
神殿の周囲には、冒険者ギルドの建物が立ち並び、世界有数のダンジョンを目指す冒険者たちで賑わっていた。中でもひときわ目を引くのは、黒くそびえる塔。5階建てほどの高さを誇るその無骨な建造物は、巨大なマナステーションであり、かつて魔力圏外だったこの地に、絶え間なくマナを供給している。
「……皆、聞こえるか」
私は馬車の中に向かって声をかけた。すぐに、アニーとオーグの返事が返ってくる。
「もうじき、天使の零落の入り口に着く。準備をしておけ」
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