第14話 転院

 壮太は、再び千草の入院している病院を訪ねた。見舞いが目的ではない、千草にこれまで分かったことの一部を聞かせて、反応をみるためだ。

 病室に入る前、ナースステーションで看護師から声を掛けられた。

「先生が、深山さんにお話があるそうです。」

 看護師に促されて、先生と面談をした。

「深山さん。奥様の容体ですが、左手の骨折は完治。右手の骨折ももうすぐもっと簡単なものになるはずです。脳へのダメージもほぼ収まったとみてよろしいかと思います。」

「まだ、話せませんよね。それは・・。」

「徐々に回復すると思います。お住まいは東京ですよね。そこで、東京の世田谷脳外科病院に紹介します。転院して検査して、後は通院になると引継ぎをしております。いかがでしょう。」

「ありがとうございます。ぜひ、お願いいたします。あの、妻は筆談できますか?」

「大丈夫です。両手は動かせます。」

 よし、千草に当たってみよう。

 壮太は、病室に入った。千草がこちらを見る。目に光がある。いつもどおり以前のように努めて自然にふるまうと決めた。

「千草、なかなか来れなくてごめん。元気そうだね。」

 壮太は、とびきりの笑顔を浮かべて話しかけた。

 千草は、うなずいて微笑んだ。事故以来、初めて肯定的な反応が得られた。

「よかったよ。さっき先生に話を聞いたんだ。両手も頭も順調に回復しているって。 

それで、東京の病院に転院したらって言ってくださって。子どもたちもすぐに見舞いに来れるし、そうしてもらおうか?」

 千草は、うなずいた。

「よし。じゃあ、そうしてもらうよ。3人も喜ぶぞ。」

 壮太は、千草の頬を優しく触れて言った。そして、続けた。

「あ、そういえば、千草の友達も心配してるかと思って、お義母さんに聞いて、高山利加さんには、話をしておいたよ。無事でよかったと言っていたよ。」

 千草は、少し驚いたようだったが、笑顔は絶やさない。

「そうそう。高山さんに会った時、僕も驚いたんだけど、千草は学生時代ワンダーフォーゲルをやってたんだってねぇ。ちっとも知らなかったよ。キャンプとか苦手と思ってたよ。ハハ。」

 千草も、つられて笑っていたが、その瞳の奥に動揺の色が走ったのを、壮太は見逃さなかった。でも、それをおくびにも出さず、核心に迫った。

「それと、入院保険の申請の関係で、今回、実家に行くって言ってたよね。帰省中って書けないんだ。何か、急に別な用事ができたんだろう。ゴメン悪いけど、簡単でいいいんだ。旅行とか、出張とか、目的を教えてくれないか?」

 笑顔を浮かべながら、ホワイトボードとペンを出した。千草は、ゆっくりとペンを手に取った。壮太の心臓は早鐘を打っていたが、表情は穏やかなまま見守った。

『おぼえていない』

 ホワイトボードを受け取りながら、

「そっかぁ~。かなり強く頭を打ったからな。記憶が飛んだのかもな。じゃあ、そのように処理するよ。来週、子どもたちと一緒に転院ために迎えに来るからね。」

 壮太は、明るい声で千草に伝えると、病室を出た。

 覚えていないか・・・。これをくずす方法を見つける必要がある。

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