第7話 焦り

 千草は、福島に何度も出かけていた。それも、嘘をついて。壮太は、その理由をはっきりさせたい衝動にかられた。

 1週間おきに、子どもたちを連れて、福島の病院を訪れていたが、翌日、休みを取って病院を千草のスマートフォンをもって訪れた。

 医師に面談を申し込んだ。

「妻の回復具合は、どうでしょうか。」

「腕の骨折の回復具合は、順調です。左手はもう、かなり動かせます。右手は、まだギブス固定が必要です。あと1か月は、かかるでしょう。」

「そうですか。頭の方?」

「外傷は治りました。内出血なども見られません。脳外科医は、ほとんど回復していると。こちらの言っていることは理解できている。失語症の状態は、何とも言えません。」

「どういうことですか?」

「看護師が介護していますが、看護師の言っていることには、問題なく反応して、薬や食事、入浴もできています。トイレも自分で行けています。ただ、失語症の方は、リハビリを始めるタイミングです。最初は、復唱、つまり、真似をして声を出す練習をするんですが、全くそれに取り組もうとされないんです。」

「なぜでしょうか?」

「分かりません。自分で治ろうとする意志がもてないように見えます。まあ、印象ですが。」

「分かりました。あの、筆談をしても大丈夫ですか?」

「左手で、できると思います。ペンとボードをお貸ししましょう。」

「ありがとうございます。」


 千草の病室に入る。千草がこちらを見た。目の光と表情から僕だと分かっているように見える。

「千草、先生に会ったよ。順調に回復しているって。よかったね。」

 少し表情が緩んだようにも見えた。

「千草、聞きたいことがあるんだ?どうして福島行のバスに乗ったんだ?出張とか旅行とか、このボードに書いて教えてほしいんだ。」

 ボードとペンを差し出した。千草の目が見開かれたように見えた。しかし、千草の左手が動かない。

「どうなんだ?左手がまだ痛いのか?先生は、もう動かせるって。千草、何度も福島に行ってるんだろう?なんどもチケットを予約してるだろう?」

 千草の目がさらに大きくなった。今度は、明らかに驚いたような動揺した表情をした。その直後、壮太に背を向けてしまった。

「お、おい。千草、どうしたんだ?」

 それっきり、千草は、壮太に振り返ることはなかった。


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