裁定の日
朝の光は、どこか不自然だった。
ガラス越しに差し込む白は、温度を持たない。
まるで、既に世界が何かを失った後の朝のように。
僕は、胸の奥に残る違和感を抱えたまま、会議棟へ向かっていた。
憂は、少し後ろを歩いている。
昨夜のことは、言葉にしなかった。
それが、かえって重かった。
⸻
会議室には、すでに全員が揃っていた。
円卓。
中央に浮かぶ、赤い警告色のホログラム。
「状況を共有する」
シャーロットの声は、感情を削ぎ落としたものだった。
「カルト集団“碧宙回帰派”が、
本日正午をもって大規模儀式を行う可能性が高い」
地図が表示される。
「場所は――吉野ヶ里」
その名が出た瞬間、空気が変わった。
⸻
「……遺跡、ですよね」
僕の声は、思ったより低かった。
「ええ」
レオが頷く。
「元は、レムリア人が“避難後に最初に定住した地”」
「象徴性は十分だ」
マックスが腕を組む。
「連中は、“始まりの地で、終わりを告げる”つもりだろう」
「……止めればいい」
憂が言った。
その声には、迷いがなかった。
「止めます」
だが――
シャーロットは、首を横に振った。
⸻
「それは、最優先ではない」
「……え?」
僕は思わず立ち上がった。
「どういう意味ですか」
「儀式自体は、失敗する」
淡々と、事実のように告げられる。
「必要な“鍵”が欠けているから」
「鍵……?」
視線が、一斉に憂へ向く。
「――あなたよ」
会議室が、静まり返る。
憂は、何も言わなかった。
ただ、唇を噛みしめている。
「カルトは、あなたを“神の器”として必要としている」
「だが」
シャーロットの声が、少しだけ低くなる。
「本当の危険は、その後」
ホログラムが切り替わる。
そこに映し出されたのは――
“神の裁きの光”。
都市を覆う、碧い閃光。
「ナイアラルホテップは、
儀式を“失敗させる”ことで混乱を生み」
「その混乱を媒介に、
あなたを覚醒させる」
「……覚醒」
僕は、嫌な予感しかしなかった。
⸻
「だから、財団は決定した」
シャーロットは、はっきりと言った。
「対象A-07――憂の隔離」
その言葉が、刃のように突き刺さる。
「ふざけるな!」
僕は、机を叩いた。
「それが、守るってことですか!」
「そうよ」
彼女は、目を逸らさなかった。
「世界を守るために」
「……憂は、人です!」
「同時に、“災厄の起点”でもある」
その言葉に、怒りよりも先に、恐怖が湧いた。
⸻
「……私、行きます」
憂が、静かに言った。
「隔離……受けます」
「憂!」
振り向いた彼女の顔は、驚くほど穏やかだった。
「哲人」
「私が、ここにいたら」
「きっと……
誰かが、利用する」
「それなら」
一歩、前に出る。
「私が、選びたい」
その姿は、
守られる少女ではなく、覚悟を持った存在だった。
⸻
「……条件がある」
僕は、必死に声を絞り出した。
シャーロットが、僕を見る。
「隔離は、見える場所で」
「誰にも、嘘をつかないで」
「憂を、道具にしないで」
沈黙。
やがて、彼女は頷いた。
「……約束する」
その約束が、
どこまで本物なのかは、わからなかった。
⸻
その頃、吉野ヶ里。
地下祭壇で、儀式が始まっていた。
『――器は、来ない』
ナイアラルホテップは、楽しげに呟く。
『だが、恐怖は集まった』
空が、わずかに碧く歪む。
『十分だ』
⸻
隔離室へ向かう廊下。
分厚い扉の前で、憂は立ち止まった。
「……ねえ」
「なに?」
「もし、私が……」
言葉は、最後まで続かなかった。
僕は、彼女を抱きしめる。
「戻ってこい」
それだけを、伝えた。
⸻
扉が、閉じる。
その音は、
神話が動き出す合図のようだった。
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