隔離という名の静寂

隔離区画は、思っていたよりも静かだった。


厚いガラス壁。

白く整えられた床。

空調の音だけが、一定のリズムで空間を満たしている。


音があるのに、生活の気配がない。


それが、この場所の一番の異常だった。


「……ここが」


僕は、足を止めた。


「憂の……」


言葉の続きを、飲み込む。


“部屋”とは言えなかった。

“檻”とも、違う。

だが――自由な場所ではない。



ガラスの向こう側に、憂はいた。


簡素な服。

椅子に腰掛け、窓のない壁を見つめている。


その姿が、やけに遠く感じられた。


「……憂」


声は、インカム越しにしか届かない。


彼女はゆっくりと振り向き、僕を見つけると、微かに笑った。


「……来てくれたんだ」


「当たり前だ」


それだけを、強く言う。



「体調は?」


「大丈夫」


即答だったが、

その声は少しだけ乾いていた。


「……ここ、静かすぎるね」


「うん」


「音が、私の中まで聞こえる」


その言い回しに、胸がざわつく。


「……嫌なら、言っていい」


「ううん」


憂は、首を振った。


「私が、選んだことだから」


その言葉が、

余計に胸を締め付けた。



モニター越しに、シャーロットが立っていた。


「隔離は、最低限よ」


彼女の声は、淡々としている。


「外界からの干渉を遮断するだけ」


「……干渉、ですか」


僕は、彼女を見ずに言った。


「守る、じゃないんですね」


一瞬、空気が止まる。


「……哲人」


彼女は、少しだけ言葉を選んだ。


「守るためには、

 近づけないことも必要なの」


「それは――」


言い返そうとして、止めた。


正論だ。

わかっている。


だからこそ、腹が立つ。



隔離室を出た後、廊下を歩く。


ガラス越しに見えた憂の姿が、

何度も頭に浮かぶ。


「……理事長」


背後から、マックスの声。


「俺は、賛成してねぇぞ」


「知ってる」


シャーロットは立ち止まらず答える。


「でも、止めなかった」


「……止められなかった、が正しいな」


マックスは、天井を見上げた。


「世界を守るってのは、

 いつも一番大事なものを後回しにする」


その言葉に、誰も返事をしなかった。



同じ頃。


隔離室の中で、憂は目を閉じていた。


静寂が、重い。


だが――


嫌な感じではない。


むしろ、懐かしい。


「……ここ」


心の奥で、何かが囁く。


――ここは、境界

――神と、人の


その声に、彼女は眉をひそめた。


「……違う」


小さく、呟く。


「私は……」


言葉は、続かなかった。


胸元で、

レムリアが、微かに脈打つ。



地下祭壇。


ナイアラルホテップは、影の中で手を叩いた。


『隔離されたか』


『なるほど……』


映し出されるのは、財団の施設。


『守ろうとした結果、

 彼女を“孤独”にした』


甘く、楽しげな声。


『――最初の一手は、成功だ』


彼は知っている。


神性は、

孤立した時に最も目を覚ますことを。



夜。


僕は、自室で一人、天井を見ていた。


静かだ。


――憂が、いない。


それだけで、

世界の音が一つ減ったような気がした。


「……」


胸の奥に、言葉にならない感情が溜まっていく。


怒り。

不安。

そして――恐怖。


彼女が、遠くへ行ってしまう恐怖。



隔離室。


憂は、壁に手を当てていた。


「……哲人」


その名前を呼ぶだけで、

胸が少しだけ温かくなる。


それと同時に、

何かが、目を覚まそうとしている。



世界は、静かにズレ始めていた。


誰も、まだ気づいていない。


だが確実に。


この隔離は、

守りではなく――引き金だった。

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