偽りの神託

施設の地下は、地上とはまるで別の世界だった。


白い壁。

規則正しく並ぶ照明。

そして、外界から切り離された静寂。


「……ここが、財団が“嫌われる理由”の一つよ」


シャーロットが先頭を歩きながら言った。


「見せるべきじゃない記録も、ある」


「……なぜ、僕たちに?」


僕の問いに、彼女は立ち止まった。


「あなた達が、もう“無関係”じゃないから」


その言葉は、重く、逃げ道を塞ぐ。



円形の会議室。


中央に浮かぶホログラムが、複数の事件を映し出す。


「これが――

 “筑紫災害”と呼ばれた事件」


焼け落ちた町。

立ち入り禁止のテープ。

泣き崩れる人々。


「……事故、ですか」


「公式には、ね」


レオが淡々と説明する。


「実際は、旧支配者の眷属による局所侵食」


「私たちは、被害拡大を防いだ」


シャーロットが続ける。


「――でも、代償が大きすぎた」


ホログラムが切り替わる。


「財団が“情報を隠した”ことで、

 責任はすべて人為的ミスにされた」


「……悪者、ですね」


僕が言うと、マックスが苦笑した。


「まあな」


「でも、もし公開していたら?」


レオが問い返す。


「“神がいる”“世界は侵食されている”

 それを信じる社会だと思うか?」


答えは、出なかった。


「……それでも」


憂が、小さく声を出した。


「それでも、誰かが……」


「知るべきだった?」


シャーロットは、優しくも厳しい目で彼女を見る。


「……ええ」


憂は、はっきり頷いた。


「怖くても」


その言葉に、シャーロットは目を閉じた。


「……あなたは、強い」


それは、どこか別の意味を含んでいた。



その頃。


街の片隅。


古いビルの地下で、人々が集まっていた。


「聞こえましたか……?」


一人の男が、震える声で言う。


「神の……声が……」


壁に描かれた歪んだ紋章。


その中央で、モニターが光る。


『――恐れるな』


甘い声。


『裁きは、近い』


人々は、涙を流し、祈りを捧げる。


『碧き星が、再び目覚める』


『それは――

 “浄化”の光』


ナイアラルホテップは、

神の言葉を、神の名で語っていた。



「……始まってる」


財団の会議室で、レオが言った。


「カルトの動きが活発化」


「“裁きの光”の神話が、再拡散してる」


「……私のせい?」


憂が、思わず呟く。


「違う」


僕は、即座に言った。


「憂は、何もしてない」


でも――


シャーロットは、否定しなかった。


「あなたは“理由”になり得る」


「……」


「だからこそ」


彼女は、まっすぐに憂を見る。


「守らなきゃいけない」


その言葉は、

守護であり、同時に――檻でもあった。



その夜。


部屋に戻った後、憂は黙り込んでいた。


「……哲人」


「なに?」


「もし……」


少し、間を置く。


「もし、私が原因で、誰かが傷つくなら……」


言葉の続きを、僕は遮った。


「それでも」


彼女の手を、強く握る。


「僕は、憂の味方だ」


一瞬、彼女の瞳が揺れた。


「……どうして?」


「わからない」


正直だった。


「でも……

 そうしないと、僕じゃなくなる気がする」


彼女は、何も言わず、ただ、僕の手を握り返した。



同じ夜。


地下の祭壇。


ナイアラルホテップは、影の中で微笑む。


『――さあ』


『神話を、動かそう』


その視線の先にあるのは、

碧宙の星――レムリア。


そして。


『愛は、最も壊しやすい』


その言葉が、

この物語の結末を、すでに指し示していた。

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