シャーロット財団の人たち

研究施設の朝は、思っていたよりも静かだった。


無機質な廊下に、低く響く空調音。

窓の外では、山の木々が風に揺れている。


「……おはよう」


僕が声を出すと、隣のベッドで憂がゆっくりと目を開けた。


「……おはよう、哲人」


まだ少し眠そうな声。

それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


ここがどんな場所で、これから何が起きるのか。

そんなことよりも――


彼女が、ここにいる。


それだけが、今は現実だった。



「起きてるか、若人!」


ドアが勢いよく開いた。


「うわっ!」


飛び込んできたのは、マックスだった。


「朝飯だ!

 人間は、食わなきゃ動けん!」


「……理事長の許可は?」


僕が聞くと、彼は肩をすくめた。


「もう取ってある。

 というか――」


振り返り、廊下の奥を指差す。


「怒鳴られる前に行った方がいい」



食堂は、想像以上に普通だった。


白いテーブル、セルフサービスの朝食。

研究施設というより、社員食堂に近い。


「……拍子抜け」


僕が正直に言うと、レオが苦笑した。


「よく言われます」


彼はトレイを持ちながら、淡々と続ける。


「超常を扱う組織ほど、

 日常は“普通”でなければならない」


「……現実感を保つため?」


「ええ。

 狂わないために」


その言葉は、静かだったが重い。



「おはよう、二人とも」


シャーロットが現れた。


今日はジャケットではなく、ラフなシャツ姿。

それだけで、印象が少し柔らぐ。


「よく眠れた?」


「……はい」


僕が答えると、彼女は憂を見る。


「あなたは?」


「……少し、不思議な夢を」


「どんな?」


「……忘れました」


憂はそう言って、首を傾げた。


シャーロットは、それ以上追及しなかった。



「改めて言っておくわ」


朝食の途中、彼女はフォークを置いて言った。


「私たちは、あなた達を利用する気はない」


「……でも」


「危険から遠ざける保証も、できない」


正直だ。


だからこそ、信用できる気がした。


「理事長」


マックスが、からかうように言う。


「怖がらせすぎだって」


「うるさい」


シャーロットは即座に言い返す。


「私はまだ――」


一瞬、言葉に詰まる。


「……まだ20代!

 責任感くらい、持たせなさい!」


「はいはい、理事長」


マックスは笑い、レオは咳払いをした。


その光景を見て、僕は少し驚いた。


――思っていたより、人間臭い。



「ねえ」


憂が、小さく手を挙げた。


「質問……いいですか?」


「どうぞ」


「……どうして、そこまで危険なことを?」


一瞬、食堂が静まる。


シャーロットは、少しだけ視線を逸らした。


「……昔ね」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「“守られなかった人たち”を、見たの」


「……」


「その時、思った」


視線が戻る。


「誰かが、汚れ役をやらなきゃいけない」


その言葉に、マックスも、レオも、何も言わなかった。


――答えだった。



「哲人」


食事を終えた後、シャーロットが僕を呼び止める。


「覚えておきなさい」


真剣な目だった。


「私たちは、味方だけど、

 常に正しいわけじゃない」


「……はい」


「でも――」


一拍置いて。


「彼女を“物”として扱うつもりは、ない」


その言葉は、

僕の胸に、確かに届いた。


部屋に戻る途中。


「……ねえ、哲人」


憂が、少しだけ声を潜める。


「私……ここ、嫌いじゃない」


「……うん」


「でも……」


言葉を探すように、立ち止まる。


「長くはいられない気がする」


その言葉に、理由はなかった。


――それでも。


胸の奥が、ひどくざわついた。



その頃。


施設の最深部。


誰も入れないはずの部屋で、

モニターに歪んだ笑顔が映っていた。


『――見つけたよ』


声は、甘く、優しい。


『“神の器”』


ナイアラルホテップは、

静かに、次の一手を考えていた。


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