敵に見える理由

遺跡を出た時、空はすでに夕暮れに染まっていた。


赤と紫が混ざり合う空の下、湿った土の匂いが現実感を連れ戻してくる。

さっきまで体験していた出来事が、まるで夢だったかのように。


――けれど。


「……本当に、外に出られたんだ」


僕がそう呟くと、憂は小さく息を吐いた。


「外の空気……少し、重いね」


「うん。でも……嫌いじゃない」


彼女はそう言って、空を見上げた。


その横顔を見て、胸が少しだけ締め付けられる。

理由は、わからない。



「――そこまで」


背後から声がした。


振り返ると、シャーロットが腕を組んで立っている。

マックスとレオは、その少し後ろ。


「ここから先は、私たちの車で移動する」


「……監禁ですか?」


僕が警戒して言うと、彼女は鼻で笑った。


「逃げたければ、逃げてもいいわよ」


そう言いながらも、彼女の目は真剣だった。


「ただし――

 あなた達を狙ってる連中は、もうあなた達を見失わない」


その言葉に、背筋が冷えた。


「さっきの……あれが?」


「“あれ”は前哨戦」


シャーロットは淡々と続ける。


「本命は、もっと静かで、もっと執拗」


「……誰なんですか」


僕の問いに、彼女は一瞬だけ言葉を選んだ。


「信仰者よ」


「信仰……?」


「神を信じている人間」


その言い方は、どこか皮肉を含んでいた。



車内は静かだった。


エンジン音と、舗装路を走る振動だけが、やけに大きく感じる。


憂は、窓の外を眺めている。

ペンダントは服の下に隠してあるけれど、そこにあるだけで空気が違う。


「……ねえ、哲人」


「なに?」


「私……さっき、光を出したよね」


「……うん」


「……怖かった?」


少しだけ、声が震えていた。


「怖くなかった、って言ったら嘘になる」


僕は正直に答えた。


「でも……それ以上に」


一瞬、言葉を探す。


「憂が、消えちゃいそうで……それが一番、怖かった」


彼女は、驚いたように目を見開き、そして、少しだけ笑った。


「……ありがとう」



「ここが、仮の拠点よ」


車が止まったのは、山中に建つ近代的な研究施設だった。


外観は、医療研究所か何かに見える。


「……財団、ですよね」


「表向きはね」


シャーロットはカードキーを通しながら言った。


「シャーロット財団は、

 超常現象とロストテクノロジーの管理・封印を目的とした組織」


「管理……?」


「“人類には早すぎるもの”を、表に出さないための組織」


レオが補足する。


「我々が敵に見えるのは、そのせいです」


「……隠蔽してるから?」


「そう」


レオは即答した。


「救える人間より、

 隠さなければならない“現実”の方が多い」


その言葉は、冷たかった。


でも――嘘ではないと、直感した。



施設の一室。


ホログラムに映し出されたのは、歪んだ星図。


「これが、あなた達が巻き込まれた“問題”の全体像」


シャーロットが指を鳴らす。


星図の中心に、黒い点。


「ナイアラルホテップ」


その名前を聞いた瞬間。


憂が、びくりと身体を震わせた。


「……知ってるの?」


僕が小声で聞くと、彼女は首を振る。


「……わからない。でも……」


胸を押さえる。


「嫌な……名前」


「正しい反応よ」


シャーロットが静かに言った。


「それは、“神を騙る存在”」


「神……?」


「ええ。

 ――本物の神を、利用する存在」


その視線が、憂に向けられる。


「……っ」


僕は、無意識に一歩前に出た。


「彼女は、関係ありません」


シャーロットは、その様子を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「……そう言えるのが、羨ましいわ」



「少年」


彼女は、僕をまっすぐに見た。


「君は、彼女を“人間”として見ている」


「当たり前です」


「でも――」


言葉を切り、はっきり告げる。


「世界は、彼女を“鍵”として見る」


沈黙。


その重さを、誰も打ち消せなかった。



その夜。


簡易ベッドで横になりながら、僕は眠れずにいた。


隣のベッドで、憂が小さく寝息を立てている。


その存在が、あまりにも近くて、

そして――あまりにも遠い気がした。


――もし。


もし彼女が、本当に“神話”の側の存在だとしたら。


それでも、僕は――


「……守りたい」


小さく、呟いた。


その言葉が、

神話よりも先に生まれた感情だとは、まだ知らないまま。

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