即席の同盟、歪んだ真実

裂け目は、音を立てずに開いた。


空間そのものが裂ける感覚。

石も、空気も、光さえも、そこでは意味を失っている。


「……あれは」


参謀の男が、息を呑む。


黒い影が、ゆっくりと形を成す。

触手のようで、獣のようで、しかしどれにも似ていない。


――旧支配者の残滓。


僕は、そう名付ける前から理解していた。

本能が、拒絶していた。


「哲人、下がって!」


シャーロットが叫ぶ。


「説明は後! 今は、私たちを信じて!」


信じる?

数分前まで、僕たちは追われていたのに?


「……哲人」


憂が、小さく僕の名を呼んだ。


その瞳に、恐怖はなかった。

あるのは――決意にも似た静けさ。


「……わかった」


理由はわからない。

でも、彼女がそう言うなら。


僕は、頷いた。



「前衛、私とマックス!」


シャーロットが即座に指示を飛ばす。


「了解!」


体格のいい男――マックスが、豪快に笑う。


「後方支援、レオ!」


「承知」


眼鏡の男――レオが、素早く端末を操作する。


「理事長、空間歪曲値、急上昇!

 このままだと遺跡ごと崩壊します!」


「上等よ!」


シャーロットは、腰のホルスターから武器を抜いた。


銃――いや、見たことのない構造。


「哲人!」


「はい!」


「君は彼女を守る!

 ――それだけでいい!」


「……!」


理屈より先に、身体が動いた。



マックスが、影の塊に突っ込む。


「おらぁ!」


拳が、あり得ないほどの衝撃を伴って叩き込まれた。


「……人間じゃない」


思わず呟くと、シャーロットが一瞬だけ笑った。


「企業秘密よ」


旧支配者の残滓が、悲鳴とも唸りともつかない音を発する。


その瞬間。


「憂!」


レオが叫ぶ。


「ペンダント、反応してる!」


憂の胸元で、碧い宝石が強く光っていた。


「……っ」


彼女が、苦しそうに胸を押さえる。


「やめ……て……」


彼女自身が、何かを拒んでいる。


――それでも。


空気が、白く染まった。



一瞬。


ただの一瞬。


光が走った。


「……ッ!」


旧支配者の影が、消し飛んだ。


音もなく。

痕跡すら残さず。


「……今の」


マックスが、呆然と呟く。


シャーロットも、言葉を失っていた。


「……“裁きの光”じゃない」


レオが、震える声で言う。


「でも……似てる……」


憂は、その場に崩れ落ちそうになり、僕が抱き留めた。


「大丈夫!」


「……ごめん……なさい……」


彼女は、涙を浮かべていた。


「何か……してしまった……」


「違う」


僕は、必死で首を振った。


「憂は、何も悪くない」



沈黙。


遺跡が、ゆっくりと静けさを取り戻す。


「……確信したわ」


シャーロットが、深く息を吐いた。


「あなた達は――

 この争いの中心にいる」


彼女は、憂を見る。


「そのペンダント。

 ただの鍵じゃない」


そして、僕を見る。


「少年。君は偶然ここにいたんじゃない」


「……え?」


「“選ばれた”のよ。

 ――彼女に」


その言葉は、重かった。



「提案がある」


シャーロットは、はっきりと言った。


「私たちと、行動を共にしなさい」


「なぜ……」


「あなた達を守るため」


一拍置いて、こう付け加える。


「そして――

 世界を壊させないため」


僕は、憂を見る。


彼女は、少しだけ困ったように笑って、頷いた。


「……一人は、怖い」


「……僕も」


だから。


「……わかりました」


僕は、答えた。


「一緒に行きます」



即席で。

歪んでいて。

不完全な。


――それでも、確かに結ばれた同盟。


遺跡の奥で、

神話は、静かに歯車を回し始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る