追う者、追われる者

「――走って!」


憂の声に背中を押されるように、僕は遺跡の奥へ駆け出した。


背後で靴音が跳ね、石に反響する。

迷いなく、正確だ。追跡に慣れている足音。


「待ちなさいって言ってるでしょ!」


シャーロットの声が飛ぶ。苛立ちよりも、どこか楽しそうなのが腹立たしい。


「理事長、右ルート塞ぎます!」


眼鏡の男――参謀役だろう――が冷静に指示を出す。


「左は僕が!」


体格のいい男が笑いながら追ってくる。


――完全に、狩りだ。



通路は枝分かれし、壁の文様が増えていく。


「哲人……ここ、変……」


憂が息を切らしながら囁く。


「うん、わかってる」


空気が、揺れている。


音が遠く、近く、歪む。

時間の流れが一定じゃない感覚。


まるで――遺跡そのものが、憂に反応しているみたいだった。


「っ……!」


足元の石板が沈み、床が回転する。


「うわっ!」


僕はとっさに憂を抱き寄せ、壁に背を打ち付けた。


直後、背後で大きな音。


「……チッ」


シャーロットが舌打ちするのが聞こえた。


「遺跡が、彼女を守ってる?」


参謀の男が、驚きを隠さず呟く。


「そんな報告、聞いてないよ」



行き止まり。


天井の高い円形の部屋に出た瞬間、僕は悟った。


――逃げ場はない。


「終わりね」


シャーロットが、悠然と歩み出る。


「安心して。命までは取らない」


「……信じろと?」


僕が睨み返すと、彼女は肩をすくめた。


「信じなくていい。

 でも、彼女――そのペンダントは、世界にとって危険すぎる」


その言葉に、憂がぴくりと反応した。


「……危険?」


「そう」


シャーロットの視線が、一瞬だけ、真剣になる。


「それを巡って、もう人が死んでる」


空気が、凍った。


「嘘……」


「本当よ」


「じゃあ、何で……!」


僕の声は震えていた。


「何で、そんなものを奪おうとするんだ!」


シャーロットは少しだけ目を伏せ、次に、はっきりと言った。


「奪うためじゃない。

 ――守るため」



その瞬間。


部屋の中央にあった石柱が、低く唸り始めた。


「……来る」


憂が、胸元を押さえる。


碧い宝石が、淡く光り始めていた。


「これは……」


参謀が顔色を変える。


「理事長、反応値が想定外です!」


「……やっぱり、ね」


シャーロットは、僕と憂を見た。


「聞きなさい、少年。

 私たちは敵じゃない――少なくとも、本当の敵は別にいる」


「本当の……敵?」


「あなた達を、もっと酷いやり方で狙ってる連中よ」


その言葉を裏付けるように、天井の影が――歪んだ。


黒い裂け目。

そこから、何かが覗く。


――人ではない。


「っ……!」


シャーロットが即座に叫ぶ。


「総員、戦闘態勢!

 話は後! 今は――」


彼女は一瞬だけ、憂を見た。


「生き残るわよ」



僕は、憂の手を強く握った。


逃げていたはずなのに。

敵だと思っていたはずなのに。


気づけば、同じ方向を向いている。


――これが、立場反転の始まりだった。

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