遺跡は、眠りを拒む
石段は、想像していたよりもずっと冷たかった。
湿り気を帯びた空気が、僕の足首からゆっくりと這い上がってくる。佐賀の山中に埋もれたこの遺跡は、観光用に整備された吉野ヶ里とはまるで別物で、「入ってはいけない場所」特有の沈黙を抱え込んでいた。
「……ここ、やっぱりおかしいよね」
僕がそう呟くと、隣を歩く憂は、小さく頷いた。
「うん。……でも、嫌じゃない」
彼女の声は、相変わらずどこか夢の中にいるみたいで、語尾が空気に溶けるようだった。
目を覚ましたばかりの彼女は、自分のことを何一つ覚えていない。
名前も、年齢も、どこから来たのかも。
それなのに――
彼女は、この遺跡を「知っている気がする」と言った。
⸻
石壁に刻まれた文様は、縄文でも弥生でもない。
歪んだ螺旋と、星を模した点の列。その中心に、不自然なほど整った円形がある。
「これ……歯車、だよね」
思わず、声が漏れた。
機械いじりが好きな僕には、どうしてもそう見えた。石に刻まれているのに、機能を持っていた名残がある。無意味な装飾には見えない。
「動く、の?」
憂が、そっと指先で文様に触れようとした、その瞬間だった。
――キィ……ン。
低く、耳鳴りのような音が遺跡全体に走った。
「っ……!」
反射的に彼女の手首を掴む。
次の瞬間、床が震え、壁の一部が音もなく沈み込んだ。
現れたのは、さらに奥へと続く通路だった。
⸻
「……財宝探しにしては、当たりすぎだろ……」
思わず乾いた笑いが出る。
都市伝説の検証。
ロストテクノロジーがあるかもしれない、という軽い気持ち。
それだけで来たはずなのに。
「哲人」
憂が、僕の名前を呼ぶ。
「行かなきゃ、だよね」
迷いのない目だった。
どうしてそんな確信が持てるのか、彼女自身にもわからないはずなのに。
――それでも、僕は頷いた。
⸻
奥の空間は、小さな神殿のようだった。
天井は高く、中央には石の台座。その上に――
「……あ」
思わず、息を呑んだ。
碧い宝石が、静かに光っている。
ペンダントだった。
透明度の高い蒼。空とも、海とも違う色。
見ていると、吸い込まれそうになる。
「……これ、私の……?」
憂が、無意識に一歩踏み出す。
その瞬間だった。
⸻
「動くな」
乾いた声が、背後から響いた。
振り向くと、そこには三人。
一人は、赤いジャケットを羽織った金髪の女性。
年齢は……二十代後半? 自信に満ちた笑みを浮かべている。
その左右に、体格のいい男と、細身で眼鏡の男。
「そのペンダント。――高値が付く」
金髪の女性が、肩をすくめた。
「自己紹介は後。時間がないの」
彼女の視線は、完全に憂の胸元――碧い宝石に釘付けだった。
「……誰、ですか」
僕が一歩前に出ると、彼女は楽しそうに笑った。
「朝宮シャーロット」
胸元から名刺を取り出し、ひらりと掲げる。
「シャーロット財団 理事長よ」
――その名前を聞いた瞬間。
遺跡の空気が、敵意に染まった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます