追う者たち

 遺跡の外に出た瞬間、夜の空気が一気に押し寄せてきた。


 冷たい。

 だが、それ以上に――張りつめている。


 哲人は無意識に、憂を背に庇うように立った。


「……誰か、います」


 憂が小さく囁く。

 その声には、遺跡の中で見せた戸惑いとは違う、微かな緊張が混じっていた。


「え?」


「“人の気配”です。多い……です」


 その言葉が終わる前に、闇の向こうから足音が現れた。


 複数。

 一定の間隔。

 訓練された動きだった。


「見つかりましたね」


 低い男の声。


 闇の中から、三人の影が現れる。

 全員が黒いスーツ姿。山中には不釣り合いなほど整った服装だ。


 先頭の男は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 だが、その目は一切笑っていない。


「こんばんは。緒妻哲人さん」


「……なんで、俺の名前を」


「我々は、シャーロット財団です」


 男は名刺を差し出す。

 そこに書かれていたのは、財団名と肩書きだけ。個人名はない。


「少し、お話をさせていただきたい」


 その背後で、もう一人の男が静かに周囲を見回している。

 逃げ道を塞ぐように。


 哲人は直感した。

 ――これは偶然じゃない。


「ここ、私有地じゃないですよね」


 精一杯、強がって言う。


「ええ。ですが、発掘物の無断持ち出しは問題になります」


 男の視線が、憂へと移った。


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ――執着に近い光が、その瞳に宿る。


「その“少女”は……」


 次の瞬間、憂が一歩、哲人に近づいた。


 袖を、ぎゅっと掴む。


「……行きましょう」


「憂?」


「ここにいると、良くないことが起きます」


 声は小さいが、はっきりしていた。


 男は微笑みを崩さない。


「安心してください。危害を加えるつもりはありません」


「だったら、今すぐ退いてください」


 哲人の言葉に、男は一瞬だけ黙った。


 そして――


「それは、出来ません」


 背後の二人が、同時に一歩前へ出る。

 無駄のない動き。威圧だけで人を制する、プロの所作。


「理事長は、“その存在”を非常に気にかけておられます」


 その言葉に、憂の肩がわずかに揺れた。


「……理事長、って?」


 哲人が問うと、男は首を傾げる。


「今は、お知りになる必要はありません」


 代わりに、こう続けた。


「ですが――

 あなた方が彼女と行動を共にするなら、我々は追跡を続ける」


 脅しでも、宣言でもない。

 ただの事実の通告だった。


 沈黙が落ちる。


 風が、木々を揺らす。


 憂は、ゆっくりと顔を上げた。


「……あなた達は、私を“物”として見ています」


 男は否定しなかった。


「価値あるものは、守らねばなりません」


「違います」


 憂の声は、静かだが、芯があった。


「あなた達は、奪います」


 その瞬間――

 哲人の背中に、ぞくりと寒気が走った。


 何かが、空気を歪めた気がした。


 だが、次の瞬間には、何事もなかったかのように戻る。


 男は一歩、退いた。


「……今日は、引きましょう」


 そして、哲人を見る。


「選択を誤らないことです。緒妻さん」


 闇の中へ、三人の影が溶けていく。


 完全に姿が消えた後も、哲人はしばらく動けなかった。


「……敵、だよな」


「はい」


 憂は即答した。


「でも……すごく大きな敵だ」


「はい」


 同じ言葉。だが、意味は重い。


 哲人は、深く息を吸った。


「……とりあえず、僕の家に来る?」


 憂は、少しだけ驚いた顔をしてから、微笑んだ。


「ご迷惑では?」


「もう、巻き込まれてる」


 そう言って、夜道を歩き出す。


 背後で、憂はそっと呟いた。


「……ありがとうございます」


 その声は、なぜかとても遠く聞こえた。


 まるで――

 既に、別れの運命を知っている者の声のように。


 こうして二人は、

 追う者と追われる者として、同行することになった。

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