第3話:最高級の宿に泊まったら、そこは魔宮(パラダイス)になった件

セリアさんの「教えてくれるかしら?」という甘い囁きを頭の中でリピート再生しながら、俺はギルドを後にした。 ……いかん、鼻血が出そうだ。落ち着け、俺。まずは今日寝る場所を確保するのが先決だ。


セリアさんに紹介されたのは、王都でも一、二を争う高級宿『蒼穹の輝き(アズール・ヘヴン)』。 目の前に現れたのは、もはや宿というより城に近い豪華な建築物だった。


「……ここか。門構えからして、俺みたいな『生活魔法使い(仮)』が入っていい場所には見えないんだけど」


(まあ、いいか。金貨(元・銅貨)なら袋が破けるほど持ってるしな)


意を決して中に入ると、ふかふかの絨毯が敷き詰められたロビーに、シャンデリアが輝いている。 受付には、セリアさんとはまた違うタイプの、シュッとした眼鏡の男性スタッフが立っていた。


「いらっしゃいませ。当宿は一泊、銀貨五枚となっておりますが……お客様、お支払いは大丈夫でしょうか?」


その視線は、俺の着ているボロ布同然の服に向けられている。 そりゃそうだ。勇者パーティの荷物持ち時代のままだからな。


「あ、これで足りますか?」


俺は金貨を一束、カウンターにドサリと置いた。 スタッフの目が眼鏡の奥で飛び出しそうになる。


「き、金貨!? し、失礼いたしました! すぐに最上階のロイヤルスィートをご用意いたします!」


現金なものだ。……いや、金貨なものか。 俺は丁重に案内され、最上階の部屋へと足を踏み入れた。


「おお……広いな。一人で泊まるには贅沢すぎるだろ、これ」


部屋に入ると、そこには大きな天蓋付きのベッド、豪華なソファ、そして王都を一望できるベランダがあった。 ……のだが。


「……ん?」


俺の目に、部屋の隅々に浮かぶ「システムメッセージ」が入り込む。


【ロイヤルスィート:客室情報】

清潔度:85

ベッドの寝心地:70(※ややスプリングが硬め)

室温:24度(※魔道具による調整。燃費:悪)

冷蔵庫の中身:水、安ワイン


「清潔度85? 70? 最高級宿の割には、案外普通なんだな……」


一度気になると、どうしても「修正」したくなるのがリライターの性分だ。 特にこのベッド。70っていう数字が、さっきから俺の安眠を妨げる予感しかさせない。


「よし。セリアさんに紹介してもらった手前、最高の気分で寝たいしな。……ちょっとだけ、いじっちゃうか」


俺は空中に指を走らせ、空間のプロパティを次々と書き換えていく。


リライト・パッチ 1.06 適用:

・ベッドの寝心地を 70 から 999,999 に変更しました。

・ついでに、横になった瞬間「MP・HPを全回復」するリジェネ機能を追加。

・ついでに、清潔度を 100(無菌) に固定。汚れを自動消去するようにしました。


「ふむ……。あ、この冷蔵庫も寂しいな。中身を『無限』にして……」


リライト・パッチ 1.07 適用:

・冷蔵庫の容量を 無限(∞) に変更。

・取り出す際に「その時一番食べたいもの」が出てくるよう仕様変更しました。


「よし、これで完璧だ」


試しにベッドに腰を下ろしてみた。 ……その瞬間、世界が変わった。


「な、なんだこれ……!? 雲の上に座ってるみたいだ……。いや、お母さんの胎内に戻ったような……?」


あまりの心地よさに、意識が飛びそうになる。 しかもパッチの効果で、一瞬触れただけで体中の疲れが完全に消滅し、魔力が溢れ出してきた。 これ、寝るだけで最強になれる修行場になってないか?


喉が渇いたので、ついでに冷蔵庫を開けてみる。


「えっと……冷たくて美味しい最高級の果実酒(エール)とか……」


中から出てきたのは、伝説の霊薬「エリクサー」のような輝きを放つ、キンキンに冷えたボトルだった。 一口飲む。


「ぷはぁーっ!! う、旨すぎる……! 臓器が喜んでるぞこれ! しかも飲めば飲むほど健康になる気がする!」


(……やりすぎたかな? まあ、いいか。誰に見せるわけでもないし)


俺が豪華な部屋で一人パラダイスを満喫していた、その時だった。


ドンドンッ!


「おい! そこの部屋の奴! 開けろ!」


乱暴にドアを叩く音。 せっかくの至福の時間が台無しだ。俺が渋々ドアを開けると、そこには豪華な鎧を着込んだ、いかにも「傲慢な貴族」といった風貌の男と、その護衛たちが立っていた。


「なんだ、貴様は。……チッ、こんな小汚いガキがロイヤルスィートだと? どけ。その部屋は今日から、この俺……ガルム伯爵が使うことに決まった」


「え、いや、俺さっきチェックインしたばかりなんですけど」


「黙れ! 受付には話を付けてある。貴様のような庶民には、地下の物置小屋がお似合いだ。ほら、立ち退き料だ。ありがたく受け取れ」


投げつけられたのは、銀貨二枚。 ……さっきのスタッフ、金貨を見た癖に貴族には逆らえなかったのか。


(……まあ、いいか。争うのも面倒だし、部屋を譲ってやるか。……あ、でもパッチを戻すのを忘れてたな)


俺がパッチを消去しようとした瞬間、ガルム伯爵は俺を突き飛ばして部屋に押し入った。


「おお……。なんだ、この部屋の空気は。異常なまでに清々しいぞ……。そして、このベッド! まるで神の膝枕ではないか!」


伯爵は狂ったようにベッドに飛び込み、冷蔵庫から「俺が書き換えた酒」を奪い取ってラッパ飲みし始めた。


「……あ、伯爵。そのお酒、あんまり飲みすぎると……」


「うるさい! 最高だ! 私は……私は今、宇宙の真理に到達したぞ! ガハハハハ!」


伯爵のステータス画面を覗くと、『幸福度』がカンストを超えてオーバーフローを起こしていた。 あまりの「良すぎる環境」に、脳の報酬系が焼き切れたらしい。 彼はヨダレを垂らしながら、白目をむいてベッドの上で痙攣し始めた。


「旦那様!? 旦那様、しっかりしてください!」 「くそっ、この部屋は何なんだ!? 重力が……重力が優しすぎる!」


護衛たちまで、部屋の「快適すぎる空間」に当てられて、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。 ……どうやら、普通の人間には耐えられないほどの「超絶快適空間」になってしまったらしい。


「……あー、ご愁傷様です。まあ、死にはしないと思うんで、ゆっくり寝ててください」


俺はそっとドアを閉めた。 パッチの効力は、俺が部屋から離れれば自然に消えるように予約しておこう。


リライト・パッチ 1.08 適用:

・この部屋の異常設定を 10分後に解除 します。

・ついでに、伯爵たちが起きたとき、猛烈な「二日酔い」になる呪いを追加しました。

・部屋の持ち主(俺)への敵意を、強制的に「恐怖」に書き換えました。


俺は別の階の適当な部屋へ移動することにした。 ……次はもう少し、控えめに改造しないとな。


(まあ、いいか。明日はセリアさんのところへ顔を出して、美味しい店でも教えてもらおう)


俺は、一日の疲れ(と言っても全部回復したが)を癒やすべく、夜の王都を眺めながら、今度こそ静かに眠りにつくことにした。

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