第2話 カフェで戦う私 ☕🐾

 猫野駅前のカフェ「ミケラテ」。

 名前からして猫、ロゴも猫、店内のクッションも猫。

 なのに――Wi-Fiだけが亀並みに遅い。

 どういうことなの、ミケラテ。猫のくせにのんびりしすぎ。


 店員さんは猫耳カチューシャをつけて、「にゃっ」と言いながらラテを運んでいる。

 かわいい。かわいいけど、Wi-Fiだけは仕事して。


 私は窓際の席に座り、ノートPCを開いた。

 窓の外では、猫野区名物の“ゆるい猫の看板”が、春風にふわふわ揺れている。

 梅の花が咲いていた。

 春の匂いはもうそこまで来ている。


 テーマは「春と再会」。桜野短編フェス。

 大賞は電子書籍化+猫カフェ年間パス。


 猫カフェパス……それ、欲しい。

 めちゃくちゃ欲しい。

 むしろそれのために生きてるまである。

 ここは猫モチーフのカフェだけど、本物の猫はいない。

 私は“毛のある猫”に囲まれて執筆したいのだ。


「よし、書こう」


 コーヒーを一口。

 画面を睨む。

 指が動く。

 ……動かない。


 頭の中で、猫の鈴がチリンチリン鳴ってるだけ。

 私の脳内、今日も猫仕様。

 肝心のアイデアはキャットタワーの上で昼寝中。


「にゃーん」


 スマホが鳴いた。

 カクヨムじゃない。別SNSの通知だ。


(カクヨムは通知オフにしてる。あれは沼だから。)


「新刊発売のお知らせ!」


 ……いや、今じゃない。

 でも、反射的に指が動く。

 条件反射って怖い。


『おい、こはる。集中しろよ』


 画面にユウが現れた。

 幼馴染モードのAIは、今日も爽やかにツッコミを入れてくる。


「集中してるよ!」


『通知見てる時点でアウトだろ』


「うるさい。これはカクヨムじゃないの!」


『どっちにしろアウトだよ。お前の集中力、猫のひげより細いんだから』


「ひげに謝れ」


 近くの席では、店員さんが猫の形のクッキーを並べている。

 かわいい。かわいいけど、集中できない。


 私は深呼吸して、画面に向き直る。


「よし、書く。今度こそ書く」


『そのセリフ、昨日も聞いたな。一昨日も聞いたな。先週も聞いたな』


「うるさい。今日は本気」


『はいはい、“今日こそ本気”ね。その言葉、もうスタンプにして売れるレベルだぞ』


「黙れ」


 指が動き始める。

 文章が生まれる。

 よし、この調子――


「にゃーん」


 また通知。

 今度は“コンテストおすすめ作品”の通知。


「……今じゃない!!」


 私はスマホを伏せて、深呼吸した。


『通知切れって言っただろ』


「切ってるの! カクヨムは! 他のSNSが勝手に鳴るの!」


『じゃあ全部切れよ』


「それができたら苦労しない!」


『じゃあ、俺が“全通知ブロックモード”にする?』


「そんなモードあるの?」


『ある。課金だけどな』


「……課金。ここにもテック資本主義の罠」


 私は苦笑して、画面に向き直る。


「書くよ。課金しないで、書く」


 指が走る。

 文章が生まれる。

 よし、今度こそ――


「にゃーん」


「……だから今じゃない!!」


 店員さんが「にゃっ?」とこっちを見た。

 恥ずかしい。

 でも書く。

 私は書くのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る