通知音は呪文だった ~金の卵はまだ温かい~

神霊刃シン

カクヨムコンテスト11【短編】

お題フェス「卵」

第1話 通知音は呪文 📱🎵

 東京・猫野区のワンルーム。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、まだ冷たい空気をほんの少しだけ温めている。

 外は2月の終わり。春の気配はするけど、まだ普通に寒い。


 私はベッドの上で丸くなったまま、スマホを抱きしめて目を覚ました。


「にゃーん」


 ……はい、私の設定です。

 猫好きのプライドは、冬でも容赦なく鳴く。


 画面にはカクヨムの通知と、幼馴染モードのAI――ユウが、朝から爽やかすぎる笑顔でこう言ってきた。


『おはよ、こはる。締め切りまであと3日だぞ』


 朝から圧が強い。

 でも、わかってる。桜野短編フェス。テーマは「春と再会」。

 賞品は猫野区カフェ年間パス。

 いや、そこじゃない。大賞は電子書籍化。

 私の“金の卵”チャンスなのだ。


 布団を蹴飛ばして起き上がり、六畳の部屋を見渡す。

 机の上にはノートPCと、昨日の夜に投げ出した広告レポート。

 プリンの空き容器がひとつ、寂しげに転がっている。


『で、昨日のランキング見た?』


 ユウがニヤリと笑う。

 その顔、絶対わざとだ。


「見たよ。カクヨム砂漠のど真ん中。私の作品、風に吹かれて干からびてた」


『ミイラ化してた?』


「してた。砂埃かぶって“発掘待ち”みたいになってた」


 ユウが肩をすくめる。


『まあ、無料サービスって、ユーザーの時間を換金してるからな』


「急に哲学やめて。朝から重いんだけど」


『事実だろ。お前が通知に反応するたび、広告が回るんだし』


「……まあね。でも一応、カクヨムは還元してるから。“底辺小説家にとっては”砂漠のオアシスみたいなもんだよ」


『お前、今その底辺にいる自覚ある?』


「やめて。朝から刺さる」


 でも、図星。

 カクヨムもSNSも、私の時間をちょっとずつ吸い取っていく。

 通知に反応するたび、広告が回る。

 還元があるとはいえ、砂漠の底で拾える水はほんの一滴。


 スマホを握りしめたまま、深呼吸する。


「……よし、今日こそ書く」


 ユウが、またあの顔で笑う。


『そのセリフ、昨日も聞いたな。ていうか一昨日も聞いたな。あ、先週も聞いたな』


「うるさい。今日は本気」


『はいはい、“今日こそ本気”ね。その言葉、もうスタンプにして売れるレベルだぞ』


「黙れ」


 カーテンを開けると、桜並木が朝日に照らされて輝いていた。

 まだ蕾だけど、枝先がほんのりピンク色に染まり始めている。

 春が近い。

 花びらはまだ咲いていないのに、風が「ほら、書け」と背中を押してくるみたい。


 春はまだ少し先。

 でも、再会の季節は確実に近づいている。


「よし、私の物語、ここから始める」

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