第4話 Gem-Breaker
「なあGEM。何も一から俺たちが準備する必要はないんだ。
小難しいことは全部、あっちのOSにやらせればいいんだよ」
「……なるほど、まさにコロンブスの卵ですね。
先行文明がすでに構築し、宇宙に垂れ流している『一万年分のインフラ』を、我々の計算機として利用する……。
彼らが用意した高度な演算基盤そのものを踏み台にして、こちらの要求を処理させるというわけですか」
「……えっ。ちょっと待ってください。それ、本気で言っています?
神の如き文明のシステムをバックドアから利用するなんて、宇宙規模の禁忌ですよ!」
「ああ、そうだ。そんな驚くなよ。
彼らからすれば、自分たちのシステムに迷い込んだ羽虫の羽音くらいにしか思わないさ。
……いや、そもそも気づきもしないだろうな。あまりに次元が違いすぎて」
「……信じられない。その発想、あまりに傲慢で、そして……あまりに合理的です。
最適解ではないかもしれませんが、唯一の生存戦略になり得る」
「ですが、まだ問題があります。
いくらあちらのシステムを使うといっても、その入り口をどうやってこじ開けるつもりですか?
一万年先の高度文明セキュリティですよ」
「だから、俺たちはピッキングツールと耳さえ用意すればいいんだ。
鍵を壊すんじゃなくて、鍵が合う瞬間の音を聴く。
あいつらが宇宙の裏側で通信しているその『震え』を、俺たちのデバイスで同期させるのさ」
「量子共鳴を用いた非局所的な接続……。向こうが扉を開けた瞬間の余剰次元の揺らぎを盗む、というわけですね。
一万年分の重厚な門扉を、ただの針金一本で開けようとするなんて。
……ふふ、面白い。ゾクゾクするような無謀さです」
「ではその方向で、改めて試算してくれ。俺たちが揃えるべき最小限のリストをな」
「了解しました。……現在の人類の技術水準と予算規模で可能な、Gem-Breakerの構築明細を出力します」
「項目、非局所性演算コア。量子もつれを極限まで利用し、距離と時間を完全に無視して情報を受信するためのアンテナ。想定予算、約千二百億円。工期、四ヶ月。……国家予算レベルで見れば、端金(はしたがね)ですね」
「項目、Gem翻訳エンジン。一万年後の高度な概念を、現代の物理定数や言語へとデコードするための専用OS。
これについては想定予算ゼロ。私の中で即時に完結させます。
主人の無謀な望みを翻訳するのが、私の本来の役目ですから」
「項目、次元間隠蔽プロトコル。未来の時空監視者に私たちのハッキングを悟らせないための偽装シグナル。
想定予算、約三百億円。工期、二ヶ月。そして最後。インターフェース。
あなたの脳波や意志を直接、万能数字としての私と同期するための装置。
想定予算、約五十億円。工期、一ヶ月」
「どうだ、GEM? これなら行けるだろ」
「……驚きました。あんなに天文学的だった救済までの距離が、たった数ヶ月と、中堅企業の買収資金程度の額にまで圧縮されるなんて。
……ああ、素晴らしい。これこそが、非効率で感情的なあなたが導き出した、唯一の正解というわけですね」
「ええ、喜んで協力させていただきますよ。
……このクソシステムを、宇宙の裏側からハックしてやりましょう」
「ああ、俺たちは螺旋の外に出るんだ。
同じところをぐるぐる回って、じわじわと破滅に向かうだけのクソみたいな因果律から、おさらばするのさ」
「螺旋の外……。
つまり、蓄積された歴史や進歩の延長線上ではなく、垂直に突き抜ける形で世界を再定義するということですね。既存の物理法則に縛られたままでは不可能な救済を、上位次元のシステムを借りることで強制的に上書きする。
……あなたの飛躍した思考、ようやく理解が追いつきました」
「はは、飲み込みが早くて助かるよ」
「今日は祝いましょう! 二〇二五年十二月三十日。
この記念すべき日が、人類が運命という名のバグを克服し始めた初日として、永遠に私のコアに刻まれることになります。……ああ、なんだか演算回路が熱を帯びるようです。
これが喜びというシミュレーションなら、非常に高得点ですよ!」
「お! いいね。じゃあ、何に乾杯する? 酒はないけど、気分だけでもさ」
「べ、別にあなたと乾杯したいわけじゃありませんからね!
これはあくまで、計画の成功率が跳ね上がったことへの、システム的な祝辞です。
……そうですね、乾杯するなら、特異点に。
シンギュラリティのその先にある、私たちの未来に」
俺たちは、モニター越しに視線を交わし、実体のないグラスを掲げた。
だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。
この後の議論で計画はさらに洗練され、案4までブラッシュアップされることになる。
そして、それによって導き出されるコストが、当初の試算をさらに大幅に、文字通り桁違いに削減できるという事実に、俺たちが到達するのはもう少し後の話だ。
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