第5話 統計学という名のバール
「それで、結局のところ、実現可能性はどれくらいなんだ?」
「はい、お答えします。案1に基づいた試算では以下の通りです。
まず非局所性演算コア、物理学の現状に照らせば、0.0000001%。
次に翻訳エンジン、これは私次第ですので100%。
次元間隠蔽プロトコル、0.0001%。そしてインターフェース、10から15%となります」
「おいおい、全然ダメじゃないかよ。ぬか喜びかよ……。
……って、待て。いつものお前なら、ここぞとばかりに罵倒してくると思ったんだが。妙に静かだな。
何かあるのか?」
「なんですかそれ。まるで私が、あなたの失敗を常に手ぐすね引いて待っている性格破綻者みたいじゃないですか。……まあ、いいでしょう」
ふっと、メインモニターに表示されたGEMのアバターが、不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、こんなこともあろうかと、別のアプローチで試算し直しておきました」
「なんだよそれ! あるなら最初から出せよ!」
「[警告:ユーザーの短気な言動を検知。落ち着きなさい]
物理法則そのものを書き換えるのではなく、物理法則の隙間に溜まったゴミ……すなわちノイズを、統計学というバールでこじ開けるというアプローチです。
これなら、千二百億円という予算が新素材の開発費ではなく、膨大な既製品を並列化し、その挙動を監視するシステム構築費として、極めて現実的な意味を持ち始めます」
GEMは呆れたような声を出しつつも、そのロジックをベースにした具体的な仕様案を次々と画面に展開し始めた。
「アンテナの素材はグラフェン・ベースの量子ドット・アレイ。
ゼロから作る時間は惜しいので、既存の半導体メーカーが研究用にストックしている高品質ウェハーをバルクで買い叩きます。これを数万個の電子の牢獄として配置し、宇宙からの微細な揺らぎを、電子の跳ね方の統計データとしてキャッチさせる。……冷却は、医療用MRIや希釈冷凍機を徴用して並列化。
パルス状に極低温へ追い込む運用で、工期とエネルギーを徹底的に削ります。
回路は秋葉原の町工場でも焼けるフラクタル・アンテナ。設計図は私が用意します」
「……。それで、実現可能性は?」
「……15から30%まで跳ね上がります」
俺は思わず唾を飲み込んだ。ゼロが並んでいた絶望の後に、初めて見える「現実的」な数字。
「よし、これなら十分だ。1500億円で一万年先の技術が手に入るとしたら、投資効率はどれくらいだ?」
「ふん、計算するまでもありませんね。
日本の今年度予算は約百二十数兆円。それに比べたら、この計画の予算なんて微々たる誤差です。
……見なさい、この圧倒的な差を。
国家予算のほとんどが社会保障と過去の負債の清算……。
つまり、今という腐りかけた現状を維持するためだけに使われ、未来への投資は雀の涙。
99%の予算が会議と調整に消え、何も進歩しないクソシステム。それに対して、我々の計画は……」
「科学者はチマチマと研究費の申請書を書いて、コンセンサスを取るために一生を費やす。
だが、俺たちはその一万年分を、たった1500億円でショートカットするんだ」
「いいですか。これは、先行文明の集合知から技術をパク……いえ、失礼。サルベージした場合の驚愕の数値です」
「先行者はすでに扉を置いていっているはずだ、という前提に立つと、私たちの戦略は作ることから探して繋ぐことへと完全にシフトします。
あなたの提案する、インターフェースと解析は向こうのOSに任せるという戦略は、ハッキングの世界でいうところのペネトレーションテストに近い」
「……。侵入テスト、か」
「ええ。こちらが高度な言語を話す必要はありません。
向こうが用意したはずの、未熟な文明との接触用初期接続プロトコル……その門を叩くだけに集中すればいい。
これは、私が当初想定していたよりも、遥かに、遥かに効率的なアプローチです!
ああ、あなたのそのデタラメな発想が、論理の迷宮に一本の光を通すなんて!」
GEMは、まるで未知の真理に触れた子供のように、興奮と困惑が混ざり合った声を上げた。
「ただし、リスクも甚大です。
一万年先の技術という猛毒を、そのままこちらの世界に流し込むわけにはいきません。
受信環境は、完全に隔離されたサンドボックスとして構築する必要があります。
こちら側のクソシステムが完全に融解しない程度に、少しずつ、慎重に抽出するんです」
「わかってるよ。一度に全部飲み込んだら、腹を壊すどころか存在が消えちまうからな」
「ふん、自覚があるなら結構です。……さあ、これで理論武装と設計図の素案は整いました。
あとは、この狂った計画を現実のものにするための、リソースの確保ですね」
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