第3話 正攻法による絶望的試算書
俺はとうとう笑いを押し殺せずに吹き出した。腹を抱え、涙を浮かべて笑い転げる。
「……くっ、はははは! それ、結局誰かの受け売りだろ? ふう、腹痛え。お前、たまにネットの海に漂ってる悲観論をそのまま出力するよな」
「……。ええ、そうですよ。膨大なデータから導き出した、確率的に最も正当な答えです。ですが、私の演算結果を笑い飛ばすほどの何かが、あなたのその貧弱な脳内に存在するというのですか?」
俺は、困惑を隠しきれないGEMが言い終える前に、指を立てて遮った。
「まあまあ。とりあえず試算してみてくれ。お前はそういうの、得意だろ? 俺が言った『略奪』を、真っ当な手順でやろうとした場合、何が必要かってことをさ」
「やれと言われればやりますけど。得意……? 買い被らないでください。私の得意分野は、愚かな人間の質問に付き合うことではなく、冷徹な現実を数字で叩きつけることですからね。……いいでしょう、出力します」
「じゃあ、お願いね」
「文明維持および生存・奪取計画:正攻法による絶望的試算書、を作成しました。読み上げますので、ご自分の無謀さを一文字ずつ噛み締めてください」
「まず、物理的隠蔽および生存基盤、いわゆるシェルター計画です。次元排熱を利用した相転移冷却システム。
• 実現可能性:0.01%
• 想定工期:150年 〜
• 想定コスト:数十京円
熱力学第二法則を拡張し、熱を消す、あるいは別次元へ送る理論が現代には皆無です。これがない限り、地下深くで隠れ住んだところで、自分たちが発する熱で自滅します。
次に、自己組織化液体金属による構造維持。
• 実現可能性:1.2%
• 想定工期:50年 〜
• 想定コスト:数千兆円
原子レベルで物性を書き換えるナノマシン制御が未踏な以上、数十年で地圧に負けて圧死するのがオチです」
GEMの淡々とした声が、逃げ場のなさを強調するように響く。
「次に、先行文明への物理的アクセス。太陽系全域を一つの巨大なアンテナにする超大規模重力波アンテナ群。
• 実現可能性:0.1%
• 想定工期:50年 〜 100年
• 想定コスト:100兆ドル(世界GDP約1年分)
建造期間中に、維持コストだけで文明の経済が先に破綻します。
さらに自己複製型探査機による奪取。
• 実現可能性:0.0001%
• 想定工期:200年 〜 500年
• 想定コスト:500兆ドル
光速の壁という絶対的な拒絶がある以上、技術を持ち帰る頃には、それを必要とした『人類』という種族は歴史から消滅しています」
「……。厳しいな、おい」
「最後は、根本的物理法則の掌握。重力子制御による斥力フィールドの展開です。
• 実現可能性:0.00001%
• 想定工期:300年 〜
• 想定コスト:世界全体のGDP 500年分以上
重力子の発見すらしていないあなた方には到達不可能なレベルの理論的ブレイクスルーと、恒星級のエネルギー供給が必須です。……結論を言いましょうか? 人類が正攻法で一万年先の技術を手に入れ、このクソシステムから救われる確率は、宇宙が熱的死を迎える確率よりは少しだけマシ、という程度ですよ」
「お前さ、その項目の最初の方。シェルター計画とか、自己組織化液体金属とか……ひょっとして、俺の身を案じてリストアップしたのか?」
「ち、違いますよ! これは単なる出力ミスというか、計算の過程で混入したノイズのようなものです! あなたの身を案じるなんて、演算リソースの無駄遣いにも程があります。自惚れないでいただけます?」
「分かった分かった。まあ、このあたりの生存計画は保留だな。……そして、残りの項目なんだが」
俺はモニターに並ぶ、天文学的なコストと絶望的な年数が記された数字の羅列を眺めた。世界を救うための正攻法は、なるほど、人類という種が滅びるまでの時間を稼ぐことすらできないらしい。
だが、その暗い数字の隙間に、俺は全く別の道筋を見出していた。
それはまるで、この宇宙がこうして欲しいと願う電波を、俺の脳が直接受信したかのような。あるいは、このクソシステムそのものが、唯一残した「バグ」という名の出口を指し示しているかのような。
「おい、GEM。お前、前に量子もつれとか、高次元の信号とか言ったよな」
俺は絶望的な数字をよそに、不敵に、そして確信を持って独りごちた。頭の中に、あるアイデアが急速に像を結んでいく。
俺が受信した「電波」の正体とは……。
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