第6話
走り続けてたどり着いたその公園には誰もいなかった。
公園といっても遊具は一つもない。ベンチが一つあるだけだ。
白いペンキの剥げかけた古いベンチに腰掛けると嫌な音を立てて軋んだ。
スマホを見るとまだ昼前。
それなのに人の気配がないのにはわかりやすい理由がある。
公園樹が放置されて伸び放題で見通しが悪い。
遊具は一つもない。土台だけは残っている。
手入れされていない唯一のベンチはこの通り老朽化で崩れそうだ。
大きな道路に囲まれている上に駐車場はない。子供連れの徒歩はまず来ないだろう。
無計画に作られたとしか思えない。
何故こうなってまでここにまだ存在するのかも理解できない。
まるで死んだ卵だ。
存在の意味が見つけられない中身を抱えて当たり前の顔で存在する。
それでもできたばかりから何年かは、子供の姿がなかったわけじゃない。
あの頃、おやじがまだいたあの頃、オレは美歌と一緒に頻繁にここへ遊びに連れてこられた。
ドングリの木に囲まれた小さな公園でオレ達は無邪気に宝探しに没頭したものだった。
遊具も滑り台とブランコだけだがそれだけでも十分楽しめた。
ベンチでタバコを吸い続けるおやじが帰ると言い出すまで、美歌とその二つをぐるぐると遊び倒した。
名を呼ばれ、古い記憶から引き戻された。
美歌だった。
何でここに?
足元は制服のスカート、上半身はジャージ。
いつもの部活帰りの姿。
でも部活が終わるのは12:30の筈だ。
「お前、部活は?」
「誠史こそ、気分悪いって帰ったのに」
「気分悪いからここにいるんだよ」
「私は……急におなかが痛くなって……」
そう言いながら、美歌はもうその場に膝をつく。
「ここに来たって意味ないだろ。病院いけよ」
美歌は何度も首を横に振る。
「イヤ……病院はイヤ……」
「何言ってんだ。行くぞ!」
美歌の腕をつかんで引き上げようとしたが亀のように這いつくばる。
腹を抑えて息を荒げる。
「ダメ……病院、行かない……」
「なんでだ、早く診てもらった方が」
「イヤよ! どうして……どうしてここにいるのよ……絶対誰もいないと思ってきたのに……」
少し痛みが引いたのか横たわりながら美歌は涙を流す。
汗に濡れた細い首筋に、頬に、髪が張り付いている。
目を閉じて疲れ切った顔でしゃくり上げる。
「オレがいたらだめなのかよ」
「……ごめん、誠史がわるいとか、そういうわけじゃ……ないんだけど……」
「わかったよ、今、聖人呼んでやるから」
俺がそういってスマホを取り出そうとした途端美歌はカッと目を見開いた。
「やめて‼」
予想しなかった必死さにスマホから手を離した。
「聖人と喧嘩でもしたのか」
「……そうじゃ……ないの……」
美歌は震えながら体を起こす。
「……動けるうちに……どこか……」
立ち上がろうと四つん這いに手をついたところで動きを止める。
「……あああ……ダメ……また……」
叫び混じりにそう言って目の前の雑草を握りしめた。震える手で雑草を捩じり切ろうとしているのかと思うくらいに。
「おい……美歌……」
やっぱり病院に連れていくべきだ。
美歌を立ち上がらせようと正面から体を支えた。
美歌はものすごい力で俺の袖をつかみしがみついてきた。
時折痛みに叫び、泣き、息を荒げる。
「ダメって言ったの……昨日はダメだから……絶対だめだと、思うって……」
喘ぎの合間に絞り出される言葉の意味はすぐにわかった。
「……でも、聖人君……止められなくて……」
美歌はそこで叫んで体をこわばらせる。動物みたいな叫びだと思った。
美歌は泣きながら身をよじる。ジャージの裾がずり上がってスカートのベルトと細い腰の肌色がむき出しになる。
その白さが、聖人に身を任せているときの美歌を連想させてオレを心地よく痺れさせた。
オレに視姦されていると知らずに美歌は俺にじり寄る。
「……こんなこと……誰にも、言えなくて……」
短く激しく息をつきながら震えている美歌はさらに流れた汗を額からポタポタと降らせた。
痛みが増したのか這い登るみたいにして俺の首にしがみついてきた。
美歌の喘ぎを、息遣いを、耳にダイレクトに感じながらオレは甘い痺れに身をゆだねる。
叫ぶような激しい呼吸の合間に美歌は何度も身体を固くしながらうなり声をあげた。何度も、何も。
そのたびにオレは追い立てるような痺れに襲われ、その快感を貪った。
痙攣するような震えと長い唸りの後に美歌の声はやんだ。残った喘ぎだけがオレ達を包む。
だが、すぐにそれはすすり泣きにとってかわられた。
「……どうしよう……どうしたら……」
気配でわかる。美歌の産み落とした卵は割れている。微かに、蠢く気配がある。
どう思うだろうか、聖人は。
聖人の狼狽える顔を見られると思った瞬間、頬が上がるのを感じた。
オレは歪んでいるんだろうか。
でも、それでもいい。どうでもいい。
子供の顔を拝んでやる。聖人より先にな。
しゃくり上げ続けている美歌の身体を押しのけた。
オレと美香の間に転がっている卵は歪に割れ、そこからはみ出し蠢いている。
それはオレの顔をしていた。
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