第2話 紫電の瞳とエラー収束
Part 2:WONDERLANDへの突入(続き)
目の前に突如出現した、暗い紫色の不定形の塊。それが、データエラーの具現化であるノイズだ。その塊からは、細い黒い線状のコードが触手のように揺らめいている。
「カイ! 警告! ノイズがあなたを捕捉した!」
インカムから、オペレーターのリアの声が響く。
カイの身体を包むのは、DATAPACK #01 アリスの覚醒装備。その流麗なシアンと黒のドレス姿(Mode: ALICE)は、まるで戦闘アイドルだ。彼女の黒髪タイトボブは、微動だにしない。
(来たわね、ノイズ。この程度のデータエラー、一瞬でデリートしてやる)
カイの瞳が、データ処理の負荷により、紫電の光を放つ。彼女は、即座にノイズの動きを解析した。
「リア、ノイズの挙動を37フレームで予測完了。これは**『認知閾値解析』、つまりエラー発生の最低レベルの兆候を数理的に予期する私の特技よ。奴の『時空間データ偏倚点』**、エラーが最も出やすい数理的なズレを検出したわ」
そう言いながら、カイは右手を掲げる。
その時、ノイズが先手で攻撃を仕掛けてきた。
バチチチッ!
紫の不定形から、黒い粒子が凝縮された無数の**『ドット弾』が乱射される。それは、WONDERLAND 2.0を構成するピクセル(最小情報単位)の暴走そのもの**だ。
カイは、予測演算通りの完璧なステップでドット弾の嵐を回避していく。
「フッ、予測通り。私の演算に、遅延はないわ!」
(完璧! これでリアに文句は言わせない!)
しかし、無情にもドット弾の一発が、カイのMode: ALICEのヒールの先端を掠めた。
ガガッ!
ヒールの映像が一瞬バグり、ノイズが走った。幸い、ダメージはない。だが、カイの心の中では小さなドジアラームが鳴り響く。
「……カイ。今の回避軌道は36.5フレームで完璧だったが、ヒールへの被弾により、君の心理的動揺が0.5%上昇した。演算効率への影響はないが、精神的コスパが悪い」
カイが回避の衝撃で呼吸を乱す。その横、彼女の頭上には、ピンクのロングツインテールの髪を揺らすホログラムの少女が出現していた。ピンクのフィットスーツ姿の彼女こそが、オペレーターのリアだ。
「カイ、迅速に次のフェーズへ移行しろ。汎用ノイズの再生成を許すな」
カイは、リアの容赦ない冷徹さに一瞬顔を歪ませる。
「分かってるわ! 今よ! 最適パッチ、生成(ジェネレート)!」
カイが空中に素早く指を滑らせると、シアンの光の粒子が収束し、複雑な装飾が施された美しい銃――専用デバイス**『EXE-Cutor(エグゼ・キューター)』**がその手に実体化した。
「解析完了。……さよならを、教えてあげるわ」
カイがクールに呟くと、銃身に浮かび上がったホログラムディスプレイに複雑な数式が高速で走り、トランプの絵柄を模した光の紋章(パッチコード)が次々と銃口に装填されていく。
――それは、ノイズの数理モデルを強制的に修正し、上書き消去する「デジタル世界の特効薬」だ。
カイは完璧なフォームで銃口を固定し、引き金を引いた。
――ピーン。
放たれたのは、重々しい銃声ではなく、システムが正解を選んだ時のような、澄んだ電子決定音。放たれた光のカード弾がノイズに命中するたび、紫の不定形が「上書き」され、データが清浄な白へと書き換えられていく。
(フッ、決まった。今の私の射撃ポーズ、黄金比すら超えていたわね……!)
カイは最高にクールなキメ顔で、銃口から立ち上る「処理熱」の排気エフェクトを見つめていた。しかし、その直後。
シュウゥゥッ!
「あわわっ! 熱っ!? ちょっと、アチチチッ!」
銃身の冷却孔から噴き出した想像以上の熱気に驚き、カイは慌てて銃を振り回した。せっかくのキメ顔は一瞬で崩壊し、熱さに涙目になりながら手首をパタパタと振る。
「……カイ。銃身の強制冷却(パージ)による排熱温度は摂氏80度。あなたがキメ顔を維持するために0.5秒余計に銃を保持し続けた結果、火傷の危険性が**20%**上昇した。非論理的な美学だ」
リアの冷徹な指摘が飛ぶが、カイはそれどころではない。
「っ、うるさいわね! 今のは……そう、敵の残存ノイズを熱消毒しようとしたのよ!」
必死に言い訳をするカイだったが、その隙をノイズは見逃さなかった。ノイズが発動したのは、『擬似リア・ボイス』。リアそっくりの冷たい声が、WONDERLANDに響く。
擬似リア・ボイス: 「カイ、そこでクールな顔のまま、変顔をしなければミッションの成功率は10%低下する」
(な、ななななな!? 変顔!? 私が!? 世界を救うエリート戦士が、こんなところで屈辱的な顔をしなければならないだと!? 嘘でしょう!?)
カイは、屈辱的な指令に一瞬動きが止まる。彼女の愛らしいベビーフェイスに、怒りが滲んだ。
「黙ってなさい! リア、変顔なんてしないわ!」
カイは、叫ぶことで精神的な揺さぶりを打ち消そうとした。しかし、その瞬間、ノイズが**『エラーコード・ワイヤー』を射出。黒いコードがカイのアリス装備の足首**に絡みつき、体勢を崩した。
「きゃっ! またもワイヤー! 私のデバッグ回避ルートを読まれた!」
ワイヤーに引っ張られ、カイは尻餅をつきかけた体勢になる。
(くそっ、このままじゃ完璧な着地データが、**『データ破損』**になる!)
ワイヤーで拘束された状態で、カイは残った力で、ノイズの**『時空間データ偏倚点』を狙い、最後の量子修正パケット**を投射した。
パチィン!
トランプカードの形をしたエネルギー体が、ノイズの歪みの中央に突き刺さる。
次の瞬間、ノイズは断末魔のような電子音を上げ、その不定形の身体が急激に収束していった。エラーの塊は、紫色の光となって弾け、跡形もなく消滅した。
――エラー収束(撃破)。
ノイズの消滅を確認したカイは、安堵で全身の力が抜け、そのままドスン!と地面に完璧に尻餅をついた。
「い、いたた……」
その衝撃で、周囲のホログラムコンソールの一部が弾けて消滅した。
「や、やったわ……完璧だったでしょ? ねぇ、完璧だった? あわわ、もう腰が抜けちゃったわ。恥ずかしい……」
彼女は座り込んだまま、ホログラムコンソールの残骸をみて青ざめた。
「戦闘性能は完璧です。ノイズの処理効率は99.9%です。しかしカイ、あなたの生体ノイズの物理的具現化(尻餅)は、今回のノイズ戦の成果を15%減殺しています。また、ホログラムコンソールの一部が破損しました。直ちにDATA PACKを解除してください」
「生体ノイズって言うなー! ただの尻餅よ!」
カイは、リアの冷徹な結論に、心の中で絶叫した。彼女の完璧なミッション記録に、また新たな「尻餅」という物理的エラーが追加された瞬間だった。
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