沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。

霧ノシキ

第1話 完璧主義者の私、最初のミッションで自爆コードを連打する(意図的に)

Part 1:現実世界の静寂

地下シェルターのメインコンソールは、控えめな青い光を放っている。

カイは、シェルターの隅にあるロッカーから、今回のミッションで着用する装束を取り出した。それは、漆黒だが装飾性のないシンプルな戦闘服。私服に近い、控えめなデザインが、荒廃した現実世界の静寂と調和していた。18歳の韓国アイドル風容姿には、もう少し華やかな装備が似合う気もするが、ここは現実。

(いいわ。真のエリート戦士は、衣装ではなく、その行動で語るものよ)

カイはそう心の中で決め、腰のホルスターに収めたDATAPACK #01――愛称**「アリス」**(ハッキング機能のシャード)をそっと撫でた。これが、彼女の唯一にして最高の相棒だ。

「KAI-RHEA。システム起動、完了。ミッションを開始する」

耳元のインカムから、オペレーター、リアの声が流れる。相変わらず、感情の起伏がノイズレベルでゼロの完璧な音声だ。

「了解、リア。目標はDATAPACK #02、**『風のコア・クリスタル』**の回収。四大元素の回路修復の、第一歩ね。今回こそ完璧に、最短経路で成功させてやるわ」

カイは、落ち着いた声で返答した。

「目標の再確認、感謝するわ。ところでカイ。あなたの現在のバイタルデータは心拍数110/分を示している。これは、緊張状態または興奮状態と判定されるが。あなたが言う**『完璧なエリート戦士』**とは、ミッション開始前から戦闘状態にあることを指すの?」

カイはハッチに向かって歩き出すのを一瞬止め、冷や汗が流れるのを必死で堪えた。

(しまった! 見栄を張って、心拍数のフィルタリング処理をオンにし忘れていた!)

「……フッ。リア。それは緊張じゃない。これは**『戦闘前の高揚感』よ。私は、データ回収への情熱と熱意**で体が燃えているの」

「解析結果をフィードバックする。あなたの瞳孔の拡大率は、過去のデータパターン**『ホラー映画視聴中』と95%で一致した。これは情熱ではない。恐怖だ。ちなみに、あなたが今着ている装束は、環境光吸収率が99.9%のため、暗闇では視認性ゼロだ。転倒リスクが40%**上昇する。クールさの追求は、非効率的であると警告する」

リアの論理的かつ冷徹なツッコミは、いつもカイのメンタルを容赦なく削ってくる。

「うるさいわ、リア! 転倒なんかしない!」

カイはそう言い放ち、格納庫のハッチを開けて、地上へ踏み出した。

地上は、相変わらずの瓦礫の山だ。カイは、自らのクールな装束を信じて、颯爽と歩き出した……次の瞬間。

ズルッ。

「ひゃっ!?」

彼女の靴底が、苔むしたコンクリートの破片に乗り上げた。カイは、バランスを崩して右足が大きくブレる。彼女は、辛うじて両手を広げて体勢を維持した。

(あぶなっ! 私の完璧な着地、今、非同期処理を起こしかけたじゃない! 誰にも見られてない、誰にも見られてない……)

カイは、周囲に人影がないことを確認し、そっと安堵の息を吐いた。

「カイ。あなたの視認性ゼロの装束による転倒リスクは、私の警告通り**40%で発現した。君の動作解析によると、現在のリカバリーモーションは、過去に君が趣味で学んだ『バレエのトゥ・キック直前の体勢』と酷似している。戦闘とは無関係の動作だ。すぐに歩行を効率的な『軍事規格モード』**に戻せ」

(リアァアアア! そこまで解析するんじゃないわよ!)

KAIは、内心の悲鳴を押し殺し、顔は冷静沈着のまま、DATAGATEへ向かって歩き続けた。彼女の視線の先には、青白い光を放つデジタル世界への入り口があった。

KAIはゲートの前に立ち止まり、準備を整える。

「リア。DATAGATEへの入力を行う。ここでDATAPACK #01 アリスを起動するわ」

「了解。アリスを起動すれば、君の肉体はWONDERLANDのデータ世界に対応した**『覚醒装備』**を着用する。データリンクを始めろ」

KAIは腰のホルスターからアリスを取り出し、胸の制御ユニットに差し込んだ。

シャキン!

青白い光がカイの全身を包む。シンプルな漆黒の装束は瞬時にデータへと変換され、彼女の身体にシアンと黒で構成された、流麗なデータ装備が生成されていく。これが、AERO FLOWスーツではない、DATAPACK #01、アリス特有の覚醒装備だ。

「アリス装備、展開完了。外観データ、確認。……カイ、その装備は非常に防御効率が高いが、どう見ても韓国アイドルのステージ衣装のように光沢があり、無駄にラインストーンのようなデータエフェクトが散りばめられている。これはハッキング機能の装備で、戦闘効率は低いぞ」

「なにを言うのよ! これはWONDERLANDにおける**『敵の視覚データ攪乱機能』**よ! あまりに眩しすぎて、ノイズが目を焼かれてしまうの!」

KAIは言い張った。内心、ちょっと派手すぎるかも、と反省しつつ。


Part 2:WONDERLANDへの突入

カイは、ゲートが放つ眩い光の中へ飛び込んだ。

視界が一瞬で切り替わる。そこは、青とシアンの光に満ちた、崩壊したデジタル空間――WONDERLAND 2.0だ。彼女の身体を包むアリスの覚醒装備が、光を反射して輝いている。

「WONDERLAND 2.0。ダイブ、成功。環境、安定。……KAI、君の装備のエフェクトが強すぎて、私の視覚センサーのデータ損失率が**30%**だ。もう少し地味な色に調整しろ」

「リア。この輝きこそ、私の**『覚悟の光』**よ! さあ、行くわよ。データブリッジ!」

カイは、周囲のポリゴンの揺らぎを完璧に演算し、安全なルートを選んだ。眼前に、青白いホログラムでできた橋が形成される。

(よし。今度こそ、崩壊予測モデル V3.1を起動! データブリッジの安定性、99.9%。完璧よ!)

彼女は、自信満々に橋を渡り始めた。一歩、二歩、三歩。完璧だ。

だが、五歩目を踏み出そうとした瞬間、KAIは橋の先のポリゴンが約10メートル先で不規則に蠢いているのに気づいた。

「リア! 前方にデータエラー発生! あれは、『データの液状化現象』! 橋が崩壊する!」

カイは慌てて引き返そうとしたが、リアの声が即座に響いた。

「待て、カイ。それは液状化現象ではないわ。それは**『ポリゴンの水面反射エフェクト』よ。極めて安定した地形に起きる現象だ。あなたは『液状化』と『水面反射』のデジタル専門用語を誤用している。あなたの専門知識はエラーレベル**だ」

「ええっ!? じゃあ、安全なの!?」

「安全だ。ただし、君が現在起動している装備の**『視覚攪乱機能』が、その水面反射のエフェクトを増幅させ、君の眼に『液状化』**と誤認識させている。ミスは君の装備設定に由来する」

(私の覚悟の光が、私の視界を邪魔しているだと!? なんて皮肉な……!)

カイは、今すぐこの派手すぎる装備をデチューンしたくなったが、クールなエリートはそんなことをしない。

カイは意を決して、水面反射エフェクトの場所を踏み越えた。足元は完璧に安定していた。

50メートルほど進んだ、その時。

青とシアンで構成された空間に、不協和音が響いた。データが擦れるような、耳障りな電子音だ。

ザザザザザ……

カイのアリス装備のセンサーが、警戒レベルを跳ね上げる。

前方の空間が、歪み始めた。崩壊したポリゴンが、まるで生き物のように蠢き出し、一つの不定形な塊を形成していく。

「カイ! 警告! ノイズだ。初期のデータエラーが具現化したモノだ。ターゲットのDATAPACKへの接触を阻止するため、君を捕捉した!」

リアの警告が響く。

カイは、目の前の塊を見据えた。データとエラーの集合体。彼女の使命を阻む、最初の敵だ。

(フッ……来たわね。ノイズ。私は沈黙のエンジニア。このエラーデータを、私のハッキング機能でバグらせてやる!)

カイは心の中でそう決め、右手を突き出した。その瞬間、ノイズがカイめがけて、不定形の触手を伸ばした。

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