第11話 i love you

 翌日、居酒屋で開催された同窓会は、最初こそお互いに遠慮もあったが、それも酒が回るうち氷解して、十年一日の如くとなった。


 一輝は、佳祐の隣、壁際の端の席に掛けてその様子を見ていた。美波は、隣のテーブルで話の中心にいる。それも学生のころから変わらなかった。


 佳祐は男友達に個展の内容を聞かれて、「テーマは『iloveyou』にしようかなと思ってる」と答えた。

 周囲から「ヒュー」という冷やかしが入る。

「美波に振られたのに!?」とか、「やっぱり未練あるのか」とか。


 佳祐は苦笑しながら、学生の頃にかえったようなノリに「それは関係ないから!」と返して、一輝をちらりと見る。

 美波と別れたことを、直接一輝に言っていないのを気にしているのだろうか。


 一輝が美波に聞いた限りだと、佳祐が美波を振ったらしい。周囲は逆だと思っているらしい。しかし二人とも否定せず笑っていた。


「靴がぴったりあっちゃってー」と笑いながら、夫との馴れ初めを聞かれた美波が答える。


「よ、シンデレラ」

知ってる何人かが、合いの手を入れる。


「どういうこと?」


「メーカーで開発した病院用シューズを勧められたのが、きっかけかなのよね」


「なんだそりゃ」と佳祐は突っ込んだ。そして「結婚式もその靴で出るのか?」と軽口たたく。


「ばか。もう前撮りしたのよ。みる?」

 美波はスマホで写真を見せてきた。


 白いドレスを着た綺麗な美波が、タキシード姿の婚約者と腕を組んで写っている。佳祐に似て、彫りが深い顔立ちの美男子だった。


「うわー、お幸せにー」と佳祐は笑う。


「写真展に美波夫婦もだしたら?モデルさんみたい」

と写真を見た美波の友達が佳祐に言った。


 確かに『iloveyou』には相応しそうな二人だった。


 美波は首を振った。


「佳祐に撮られたら私が変な顔になるでしょ!」

「そんなことないよな?」と佳祐は一輝を見る。

一輝は頷いた。


「おれは佳祐の写真好きだけど……美波を撮るのはちょっときれいすぎて……敷居が高いよね」


「やだ、私、超気を使われてる」


美波は口元を手で覆い、冗談ぽく笑った。




 同窓会の解散後。佳祐と一輝が帰ろうとする間際に、二次会組の集団の中から、美波が駆け寄ってきた。


 美波は、二人の顔を交互に見て、佳祐に向かって言った。

 一言一言話すうちに、声が大きくなっていく。


「佳祐。今日、一輝の前でこれを言いたかったの。……あんたが私を振ったこと、……あと、あんたが一輝について言ってたこと」


 一息ついて最後に、美波らしく笑う。


「全部一輝に言ったから!!」


 ばん、と佳祐の背中をたたいて、美波は「じゃあね」と去っていった。


 

 一輝はその勢いを受け止めきれずに、思わず佳祐を見た。


 佳祐も言われたことの意味を飲み込むまで、呆然としていた。そして、ややあってから、思わず吹き出した。


「なんなんだよ、あいつ」

 佳祐は人の中に紛れていく美波の背中に向かって呟いた。





 「月が綺麗だね」と一輝は佳祐に言った。


 二人で歩いて帰る道。寒さはあるものの、澄んだ空気に、月や星が輝いている。よく晴れた夜だった。


 昔、学校からの帰りに、一緒に歩いた道を帰る。


「みんな元気だったね」

「あぁ、特に石田と堀川が結婚したのはびっくりした」

「高校の時からだって。気づかなかった」

 そんな事を話しながらも、美波の話題は出さない。一輝も深くは突っ込まなかった。


 佳祐の実家の前まで来た。写真館は電気が消えていて、実家の方に明かりが灯っている。


「じゃあ、」

良い年を、と言って別れようとした一輝の手を、佳祐が掴んだ。


「その……今、ちょうど撮った写真を、おやじの作業場借りて編集してたから、見ていかないか?」


「いいの?……見てみたいな」

と、一輝は頷いた。



 佳祐はキーケースから鍵を出して、写真館のドアを開けた。


「わー、なんか久しぶり」


 夜の写真館。照明をつけると、今日の撮影に使ったのか、明日の予定があるからか、白い階段風のセットがされている。美波の前撮り写真を思い出した。


「仕事納めの後も、撮影あるの?」と佳祐を振り返った一輝は、そのまま佳祐に抱きしめられた。


 顔が近づいてくる。


 触れるだけのキスをした。


 唇が離れたあと、一輝が目を見返すと、佳祐は「ごめん」と少し俯いた。


 自分からしておいて、何かを考え込むようなその様子に、一輝は苦笑した。佳祐はそういう奴だ。我が儘に見えて、気の弱いところ、強引なくせに、一輝を気遣うところ。それもずっと変わらない。

一輝は自ら佳祐の首に腕を回した。そして、まっすぐに佳祐を見て言った。

「……おれはずっと好きだったよ」


 佳祐はその顔を見つめ返す。まるで、その一瞬を捉えて、自分だけの記憶の中に現像するかのように。



【はじめからずっと】 


ー了ー

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