第4話 神引きの予感と、泥を啜る追跡者
【禁断の儀式、開幕】
アビス・ダンジョンの闇を排した白い光の下で、アリシア・フォン・アステリアは、自身の指先が微かに、しかし情熱的に震えているのを自覚していた。
「……カイル。住民を迎え入れた以上、最低限の出費は当然の義務ですわ。不潔な労働力は、生産性を著しく低下させますから」
アリシアは扇で口元を隠し、平然とした声を装う。だが、そのアメジストの瞳は、目の前に浮かぶ漆黒のモノリス――『ジェネシス』を射抜くように凝視していた。
(来たわ……。新規ユニット『ルル』加入直後の、乱数の揺らぎ。システム上の「初心者救済」か、あるいは私の管理者権限(DNA)への忖度か。どちらにせよ、この収束した期待値の先に待っているのは、勝利(SSR)のみ……!)
内心の独白は、もはや高貴な令嬢のそれではない。熱に浮かされたギャンブラーの咆哮だ。
『――マスター。リソース投入の準備、完了しました。現在、新規登録記念の「ピックアップ・ボーナス」が適用されています。……回しますか?』
(ええ、回すわ。回さない理由がこの宇宙のどこにあるというの? 来なさい、私の運命! 虹色に輝く未来をこの手に!)
「……実行しなさい。適切な投資を期待しているわ」
アリシアが優雅に、しかし最速の速度で石版をスワイプした瞬間。 アビスの天井を突き破るように、虹色の雷鳴が轟いた。黄金の流星が幾重にも重なり、次元の狭間から「有り得ざる光」が溢れ出す。
「ひ、ひぃぃぃ! な、なんですかこの光! 世界が壊れるんですか!?」 「あぅ……まぶしいです、アリシア様!」
カイルとルルが目を覆って叫ぶ中、アリシアだけは瞬き一つせず、その光の渦を凝視していた。
『――排出確認。SR、R、R……昇格演出発生。SSR、確定です』
【SSR:全自動魔導クリーニングボックス】 【SR:アステリア流・最高級メイド服(耐火・防刃・自動リペア機能)】
虹色の光が霧散した瞬間。 アリシアは「すんっ」と表情を殺し、震える指を隠すように腕を組んだ。
「……ええ。概ね、私の計算通りですわ」
「嘘だ! 今、めちゃくちゃガッツポーズしてましたよね! 『よっしゃ昇格!』って叫びませんでした!?」
「聞き間違いですわ、カイル。……それより、リソースを有効活用しましょう」
【ルルの「変身」】
目の前に出現したのは、洗練された流線型の白いキャビネットと、深い紺色を基調とした、目も眩むような高級な絹織物のメイド服だった。
「ルル、その箱の中に入りなさい。汚れという名の負債を一括返済してあげるわ」
「は、はい……!」
ルルをクリーニングボックスに入れ、スイッチを投入する。微かな魔導音と共に、現代的な「洗浄」が開始された。 数分後。扉が開いたそこには、プラチナシルバーの髪がダイヤモンドの粉を振り撒いたように輝き、透き通るような白い肌を露わにした、SSR級の美少女メイドが立っていた。
銀糸の刺繍が施された最高級のメイド服は、彼女のしなやかな肢体を完璧に包み込み、金色のオッドアイが当惑と歓喜に揺れている。
「……あ、あの。私、なんだか、とっても体が軽いです。それに、このお洋服……羽みたいに柔らかくて」
「当然ですわ。それは耐火・防刃機能を備えた、この地における正装。……ふふ、これでようやく、私の楽園に相応しい景観が整いましたわね」
LEDの白い光、神話級の霊水が流れる浄水器、そして完璧に磨き上げられたメイド。 この閉ざされたダンジョンの深淵は今、王宮の寝所すら鼻で笑うほどの、究極の快適空間へと変貌を遂げていた。
【泥を啜る「無能」たち】
一方、その頃。 アビス・ダンジョンの入口付近では、地獄のような光景が展開されていた。
「……くそっ、この、不潔な場所め……っ!」
王国騎士団長、ブランドンは、泥水に塗れた革鎧を軋ませながら毒づいた。 彼の背後では、エリートのはずの騎士たちが、腐敗臭に顔を歪め、魔物の影に怯えながら這いずっている。
「団長、予備の食料が……カビています。水も、この泥水を啜るしか……」 「黙れ! 聖女セラフィナ様とレオンハルト殿下から賜った使命だ。あの『化け物令嬢』アリシアが、無様に魔物に食い殺されている死体を見つけ出し、その首を持ち帰るのだ!」
ブランドンは、手元の硬くなった黒パンを、恨めしそうに噛み締めた。 彼らにとって、このダンジョンは「未開の地」であり、文明の光が届かない死地。 追放されたアリシアたちが、今頃は暗闇の中で震え、飢えに苦しみ、命乞いをしているはずだと――彼はそう確信して疑わなかった。
「……ふん。あの傲慢な女のことだ、今頃は自慢の銀髪も泥に汚れ、家畜のように泣き喚いているだろうよ」
下卑た笑い声が、澱んだ空気の中に響く。 彼らはまだ知らない。 自分たちが啜っている泥水が、奥地で「靴下の洗濯」に使われている贅沢品よりも価値が低いという、残酷な事実を。
【招かれざる客への「警報」】
拠点の中心。 アリシアは、ルルが丁寧に淹れた紅茶(ガチャ産・最高級アールグレイ)を楽しみながら、サイドテーブルに置かれた「あるもの」に手を伸ばした。
それは、色彩豊かな袋に詰められた、香ばしい匂いのする薄い黄金色の円盤――ポテトチップス。
「……この塩加減と食感。脳内の報酬系をダイレクトに刺激する、実に合理的な嗜好品ですわね。中毒性を誘発し、リピート率を高める……。この製品の開発者は、優れたビジネスマンに違いありませんわ」
サクッ、と優雅な音を立てて咀嚼する。 カイルも隣で、「うめぇ! お嬢様、これ止まんないっすよ!」と頬張っている。
その時。 アリシアの傍らで、ジェネシスが不穏な赤色に明滅した。
『――緊急報告。拠点の外郭境界に「害虫」の接近を検知。 生体波長、王国騎士団と合致。……不潔な個体が、マスターの神域を汚そうとしています』
アリシアは、カップをソーサーに置いた。 その指先にはポテトチップスの塩が微かについていたが、ルルがすぐさま、伝説の霊水で湿らせた温かなタオルを差し出す。
「……ふふ。ちょうど、新しく手に入れたアイテムの試運転が必要だと思っていたところよ」
アリシアは立ち上がり、冷たく、しかし楽しげな笑みを浮かべた。 その瞳は、獲物を前にした投資家のように、残酷なまでの煌めきを湛えていた。
「招かれざる客には、相応のおもてなしが必要でしょう? ……行きましょう。私たちが築いたこの格差が、彼らにとってどれほどの絶望になるか、教えてあげるわ」
断罪令嬢のガチャは一国を買い叩く 〜過保護なシステム様にSSR資源を確定投入されるので、平和的に国を滅ぼします〜 霧ノシキ @ai08065262338
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