銃声のやまびこ〜探偵・地井玲香

カイ 壬

銃声のやまびこ〜探偵・地井玲香

第1章 事件発生

第1話 事件発生[1A1] 新宿射殺事件

 東京都新宿区のビル街から脇に逸れた路地の一角に、大きな門構えで朱塗りの瓦屋根と漆喰の壁が印象的な豪邸が建っていた。

 夏の強い日が暮れようとしている頃、パトカーと救急車と消防車が続々と集まってくる。

 赤色警告灯と種種のサイレンの群れが東京都庁前を駆け抜ける。


 警視庁捜査一課の土岡つちおか俊雄としお警部は、現場に先着していた交番勤務の警察官と挨拶を交わしてから、部下の衛藤えいとうを連れて豪邸の敷地内へと入っていった。


 他の警察官が先導して玉砂利が敷き詰められた広い庭へと出る。

 何者かが庭を歩いていたら、住人は音で気づくだろう。

 防犯効果を考えての選択だろうが、玉砂利だと下足痕げそこんは期待できない。


 すでに何名もの警察官や救急救命士、消防士が行き来しているはずだが、誰の足跡も残っていなかった。

 周囲を確認すると防犯カメラが取り付けられている。

 有名な警備会社のシールが張ってあった。


 土岡警部は建物を見やる。

 庭に面したリビングでは救急救命士が対象者を病院へと搬送する準備を整えている。

 すでに心肺停止は確認しているらしいが、医師が確認するまでは死亡と判断することができない。

 しかし鑑識係とともに派遣された警察病院の医師がすでに死亡を確認していた。

 致命傷を詳しく調べるため、監察医に送られるところだそうだ。


 庭とリビングとの間には二重サッシの窓ガラスがあり、二枚ともふたつの穴が空いてヒビが入っていた。

 庭からの銃撃だろうか。それとも室内からの発砲で弾が貫通したのだろうか。


 いや、そもそも玉砂利を敷いているのに、窓が遮音遮熱の二重サッシでは庭の物音に気づけないはずだ。

 なぜこのようなちぐはぐな状態なのだろうか。


 ガラスの鍵の部分にはガラス切りで空けたような穴が空いている。

 ここから鍵を開けて中へ侵入したとすれば、銃撃した意味がないだろう。


 そもそも発砲音が鳴り響き、周囲の家やビルから覗かれないとも限らない。

 犯人が窓の鍵を外から解錠して中に入り、物色中に家主が戻ってきたのだろうか。

 そして持っていた銃で射殺した。


 家主を貫いた弾が二重サッシの窓ガラスを突き破って外に出た。とも考えられる。


 玄関に鍵がかかっていて、窓から中を見た警察官が緊急事態として応援を呼んで、外から窓鍵を開いて中へ入った可能性もある。


 幾分若さが残る冴えない中年警察官が窓ガラスのそばに立っている。


「土岡警部、中へ入られますか?」

 先導していた警察官が、壮年でも身なりの整っている土岡警部に話しかけてきた。


「仏さんはこの中か?」


「はい、さようです。鑑識係がすでに写真を撮り終わっておりますが、入られるのでしたら現場保存のため玄関からお願いします」


 中年警察官は玄関にまわるよう指示した。

 窓ガラスの周りに目を走らせた土岡警部は庭へ出るための土台にサンダルが置かれており、その周辺に目立ったガラス片がないことを確認する。


「衛藤、中に入るぞ」


 再び玄関まで戻り、土岡警部は邸内へ入った。

 幅の広い廊下を抜けてリビングにたどり着くと、大きな窓ガラスから離れたところに筋骨隆隆な男性が倒れている。

 黒のティーシャツに緑の長ズボン姿だ。身長もかなり高いように見える。だいたい百八十五センチだろうか。じゅうぶん巨体といっていい。


 胸を撃たれたようで右胸に射創が残っていた。

 心臓を射抜かれていたら即死だろうが、射創は右肺にある。

 フローリングに広がる血溜まりを見るとおそらく失血死だろう。


 所轄の刑事が土岡警部を見つけると、敬礼して説明を始めた。


「この家の主である本並剛枝さんと見られます。所持していたマイナンバーカードの顔写真で確認しました。三十四歳、男性、独身、弟がひとりいます。交際相手がいたようです。女物の食器や歯ブラシが残されています。痴話ゲンカの果てに殺されたのかもしれませんね」


 その説明に違和感を覚えた土岡警部は、なにがおかしいのかを考えなければならなかった。

 それとは別に、現場に残っていた警察病院の医師に遺体の状況を尋ねた。


「射創は右胸を貫通していますね。近い距離で撃たれたか、貫通力の高い銃器で撃たれたかはわかりませんが。少なくとも射創の周りに焼け焦げた痕跡がありませんでしたので、密着して撃たれたのではないでしょう」


「窓越しに撃たれた可能性はあるのですか?」


 衛藤刑事は現場を見てそう判断したようだ。

 話を聞いていた鑑識係のひとりが土岡警部に近づいてきた。


「窓ガラスの内側に細かいガラス片が落ちています。また、窓ガラスの外側に射撃残渣ざんさがありましたので、窓の外からガラスに密着するように立って、中へ向かって撃ち込まれたと判断できる状況です」


 窓ガラスのほうを向いた土岡警部は、細かなガラス片が飛び散っているのを確認した。


「確かに窓ガラスの弾痕の下にガラス片があるな。目で見た限りでは外側にガラス片はなかった。やはり外から撃ち込まれた可能性が高いな」


「僕の見立てどおりでしたね。であれば、犯人は銃を利用しなければ家主の本並さんを殺せない人物ではないでしょうか」


 得意げな衛藤に土岡警部が釘を差す。


「銃器を扱うにはそれなりに筋力がいるからな。腕力のない人物なら、抑えが効かない銃を使うよりも、飲食物に盛るだけの毒物で殺すほうが簡単だろう。交際相手が女性であれば、わざわざ銃を使うかな?」


 本並剛枝が巨漢であるから、男であっても力負けするかもしれない。

 殴り殺せるとしたら格闘技に精通した人物でないと難しいはずだ。

 となれば拳銃を使ったのは男性の可能性もある。


「弾痕の高さからどのくらいの身長の人物が銃を撃ったか、わからないか?」


 鑑識係が答える。

「リビングは庭からおよそ三十五センチの高さがありますね。窓ガラスの弾痕は床からおよそ百四十センチです。合わせると百七十五センチになります」


「ということは、男性か背の高い女性ということになりますね」

 衛藤刑事は頷きながら報告を聞いている。


「たしか庭へ出るところにサンダルが置いてある土台があったな。あの上に立ったとすればどのくらいだ?」


「土台は庭から三十センチ上、床から五センチ下です。その上からなら百四十五センチといったところです」


 日本人女性の平均身長が百五十八センチくらいだから、十三センチ下。

 頭半分くらいか。


 直立して眼の前に銃を構えて撃てば、だいたいそのくらいだろう。男性の場合は足を広げて腰を落とした姿勢で撃ったくらいだ。


「被害者の身長はわかるか?」

「遺体を動かせませんでしたから正確にはわかりませんが、百八十五センチ前後です」


 土岡警部の見立てどおりだ。


 しかし、百八十五センチ前後で百四十センチの高さから弾丸が入ったとしたら、右胸に当たるのだろうか。





【第1章第2話へ続きます】

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