第5話:揺れる荷台、揺れない自尊心

 ガタガタと、脳を直接揺さぶるような振動。

 俺は、行商人の荷馬車の隅、硬い木箱の間に身体を押し込んでいた。


「……っ、クソ。サスペンションの概念もないのかよ。魔導列車があるくせに、なんで地方の道はこんなに未整備なんだ。インフラ投資の優先順位が完全に間違ってるだろ」


 吐き気と戦いながら、俺は口の中でぶつぶつと毒を吐く。

 隣では、ガザルが巨大な身体を丸めるようにして座り、目を閉じていた。


「文句を言う体力が残ってるなら、外を警戒してろ。ここはもう王都の魔導結界の外だ。魔獣が出る」


「魔獣? 結局、最後は暴力かよ。野蛮な世界だな。……いいか、ガザル。本来なら、ドローンや自動検知魔法を使って低コストで防衛ラインを構築すべきなんだ。あんたみたいに生身の『護衛』なんて雇ってるから、物流コストが跳ね上がって地方が過疎化するんだよ」


 俺の「高度なコンサルティング」を、ガザルは鼻を鳴らして受け流した。


「ドローン? ああ、魔導飛行端末のことか。あんなもん、地方の不安定な魔素濃度(マナ・フォース)の中じゃすぐに墜落する。お前さんの言う『低コスト』は、王都の安定した環境でのみ通用する寝言だ」


「……それは技術力が足りないだけだろ。俺の知識があれば、もっと安定した出力制御が――」


「着いたぞ。口を閉じろ」


 馬車が止まったのは、荒野の真ん中にある小さな中継拠点だった。

 そこは、石造りの古びた塔と、数軒のあばら屋があるだけの、王都の輝きとは無縁の場所だった。



 中継拠点の食堂。

 出されたのは、塩気が強すぎるだけのスープと、石のように硬いパンだった。


「……ありえない。これが客に出す飯か? 食文化の停滞がひどすぎるな。俺が日本で食べてたコンビニ弁当の方が、よっぽど栄養バランスも味の解像度も高かったぞ」


 俺は匙を投げ出し、周囲の客――日焼けして泥にまみれた開拓民や旅人たちを冷ややかに眺めた。


「だいたい、この世界の連中は『効率』という言葉を知らなすぎる。魔法があるなら、それを農業用ハウスの温度管理に転用すれば、冬場でも新鮮な野菜が作れる。俺なら、この村の生産性を三ヶ月で倍にしてみせるよ。まあ、理解できる知能があればの話だけどな」


 俺の声は、狭い店内に意外なほど響いた。

 一人の男が立ち上がり、俺のテーブルに歩み寄ってきた。筋骨逞しい、この村の自警団員らしき男だ。


「……おい、さっきから聞いてりゃ。お前さん、面白いこと言うじゃねえか。その『温度管理』ってやつ、具体的にどうやるんだ? うちの畑は、冬になると地脈の魔力が凍りついて、魔法も届かなくなるんだ。あんたの知識で、どうにかしてくれるのか?」


 俺はふんぞり返り、鼻で笑った。

「簡単だよ。断熱材で覆って、地熱をパイプで循環させればいい。あとは簡易的な熱交換器を作れば……」


「『断熱材』? 魔法を弾く銀糸草のことか? あれは王都の貴族が買い占めてて、俺たちの手には入らねえよ。地熱だって、掘りすぎれば火の精霊が暴れ出す。お前、この土地の精霊の性質を調べてから言ってるのか?」


「精霊? ……はは、オカルトかよ。要は熱エネルギーの制御だろ? 計算式を立てれば解決する問題だ」


「じゃあ、今すぐやってみせてくれ。あんたのその『知識』とやらで、今夜このスープを温め続ける魔法陣でも描いてみろよ。……できねえのか? ああん?」


 男の威圧感に、俺の心臓が跳ね上がる。

「……俺は『概念』を提示しただけだ。実際に手を動かすのはあんたら現場の仕事だろ? 企画立案と実務を混同するなよ」


 店内に、失笑が漏れた。


「なんだ、ただの口だけ野郎か」

「転生者にはよくいるよ。自分のいた世界のルールが、どこでも通用すると思い込んでるんだ」

「かわいそうにな。頭の病気だよ、あれは」


 嘲笑。哀れみ。

 王都でも、そしてこんな辺境でも、俺は「無知なバカ」として扱われる。

 

 俺は顔を真っ赤に染め、ガザルを振り返った。

「おい、ガザル! 何か言ってやれよ! こいつら、科学的なアプローチを拒絶してるんだぞ!」


 ガザルは、スープを最後の一滴まで飲み干し、静かに席を立った。


「拒絶してるのは、お前の方だ、カズヤ。……お前は、この土地の土を一度も握っちゃいねえ。こいつらが何を食って、何に怯えてるかも知らねえ。ただ、自分の知ってる言葉を上から投げつけてるだけだ」


「……あんたまで、俺をバカにするのか」


「バカにしてんのはお前自身だ。……行くぞ。夜が明ける前に出発だ。嫌ならここで一人で、『断熱材』とやらを作って暮らせ」



 夜道を走る馬車の荷台。

 俺は再び、木箱の影に縮こまっていた。


(……間違ってない。俺が言ったことは、論理的には正しいはずだ。こいつらの文明レベルが、俺の理論に追いついていないだけだ)


 俺は暗闇の中で、誰にも見えない「ステータス画面」を呼び出した。

 そこにある【現代知識のライブラリ】。

 それは、この世界においては、ただの「機能しない空論の山」でしかなかった。


(……いつか、見返してやる。いつか、俺が正しかったと、こいつらに跪かせてやる……)


 俺は震える手で、前世で使っていたSNSのハンドルネームを空中に指でなぞった。

 現実から目を逸らし、自分を肯定してくれる「幻のフォロワー」たちに語りかけるように、心の中で毒を吐き続ける。


 俺の旅は、まだ始まったばかりだ。

 自分以外のすべてを「間違っている」と定義し続ける、孤独な逃避行が。

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