SP02 性別の違いを説明してください
ガウンからラミーシャのすらりと伸びた白い足が覗いている。
どうやら、彼女は、召喚された人物が男性だということに気付いていないようだ。
マリトの意志とは関係なくいろいろ見えてしまう。
――ものすごく伝えにくいことだが、言わないとな……
「あの、目のやり場に困るのですが」
「え?」
ラミーシャは、自分の足と胸元に目をやると、慌てて足を閉じ、姿勢を正し、ガウンを整えた。
「大変、失礼いたしました」
「賢者様がいらっしゃるのに、気を抜いてしまいました」
「そういう意味ではないんです」
ラミーシャは、かすかに眉をひそめて、軽く首をかしげる。
「私は男なので、目のやり場に困っています」
眉をひそめたまま、反対側に軽く首をかしげる。
――込み入った内容だとうまく伝わらないようだ。
「わたしは――」
「はい?」
「おとこ――です!」
「え!?」
ラミーシャは、目を大きく見開いた。
そして、自分の胸元に視線を落とす。
――いや、それだとむしろ余計に見えてしまうんだけど……。
ラミーシャは、自分の目に映っているものが、マリトの目にも映っているということが、よくわかっていない様子だ。
一拍おいて、そのことに気付くと、視線を上に向けた。
「え、え、ええーっ!」
改めて驚きの声を上げる。
動揺が走る。マリトも動揺する。
「ちょっと、待ってください」
「賢者様って……男の人だったんですか?」
「そう」
「ええーーっ、そんな話聞いてませんっ!」
「わたし、てっきり女の人だとばかり思っていました」
「だって、その前の賢者様は女の人でしたし……」
「たしか、理事長先生も、召喚される賢者様は女性だとおっしゃっていました!」
「どうしてなんですか?」
質問で、一旦、休止した。
「それは、こっちが聞きたいくらいで……」
「声で、気付かなかったんですか?」
「あの、ですね……心の声って、音がしないんです」
「だから今まで気付かなかったんです!」
――そこでドヤられても……。
「どうしましょう。どうしたらいいですか?」
――なぜそこで、オレに聞く……。
「わかりません」
「私も目が覚めたらいきなり美少女の中にいて、すごく戸惑ってます」
しばらくの沈黙の後――
「あの、いま、美少女って言われました?」
「それ、私のことですか?」
――なんだか、うれしそうだ。
――そこ、いま突っ込むとこじゃないと思うけど……
だが、ラミーシャの動揺がおさまっているのは確かなようだ。
気持ちの折り合いを付けたらしいと判断して、マリトは改めて自己紹介をすることにした。
「私はマリト。サワ・マリトです」
「日本の札幌にある『パーセプモーション・テクノロジー』という会社でコンサルタントをしています」
「『ニホン』というのは、地域の名前なんですね」
「『コンサルタント』というのは何ですか?」
「簡単に言えば、会社が抱える課題を解決するためにアドバイスをする仕事かな」
「『会社』ってなんですか?」
――これは長くなりそうだ。
「困っている人に知恵を貸して助けるような仕事、かな」
「それは賢者様にふさわしい素晴らしいお仕事ですね」
尊敬の気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
――顧客の持ってくる無理難題を、口先で解決する仕事という説もあるが……
「わたし、賢者様に、美少女って言ってもらえて、すごくうれしいです」
――そこに戻ってきたか……
「それって、賢者様のいた異世界の基準で見て、きれいだってことなんですよね?」
「わたし、異世界の賢者様から自分がどう見えるのか、どんな性格だって思われるのか、ずっと心配だったんです」
「私のいた世界の基準でも、君はとてもきれいだと思うし、性格もすごく好ましく思えるよ」
――ちょっと天然ぽいけど……。
「それより、問題なのは、君が女性であるにもかかわらず、男性である私が君の中に入ってしまっているということだ」
「はい。わたしも驚きましたけど、賢者様の方がよっぽど驚いていますよね」
「『わたしが 取り乱して、どうするんだっ』て思ってます」
「目のやり場を考えながら暮らせば、大丈夫です」
気丈にそう言ってはいるが、心の中の不安と戸惑いの感情は、マリトにはしっかり伝わっていた。
そのうえで、そのすべてを正面から受けて立つ、という覚悟までを感じることができた。
――たいしたものだ。
――応援したくなってくる。
マリトのほうもまた、ひとつの疑問が頭から離れない。
――召喚が想定されていた人物は、本当は女性だったのではないか?
ラミーシャによると、前の賢者は女性だったと言っていた。
しかも、マリトには賢者と言われるほどの頭脳は持っていないという自覚があった。
マリトには、元の世界で賢者と呼べるほどの能力を持っている女性に心当たりがあった。
それもごく身近に。大学と職場で一緒だった後輩のコリーンだ。
誰もが認める天才的な研究者であり技術者である彼女なら賢者と呼ぶにふさわしい。
――ひょっとして、自分は彼女と間違えて召喚されたのではないか?
――だとしたら、自分にその召喚の目的を果たせない可能性が高い。
――それはこの世界で召喚を行った人にとって、想定外の残念な結果なのではないか?
「『賢者様』という呼び方はなんとかなりませんか?」
「それほど賢いつもりがないので、名前負けしてしまいます」
「本名はマリトなので、『マリトさん』と呼んでもらえると、自然に感じるのですが」
「いえ、お名前でお呼びするわけにはいきません。失礼になります」
「私がそれでいいって言ってるわけなので、失礼ではないですよ」
「いいえ。失礼です。自然に尊敬の気持ちが込められる呼び方じゃないといけません」
――意外に、頑固な娘だな……
「他の案はありませんか?」と彼女が聞いてきた。
――こっちが考えるのもおかしくないか?
「君の方で失礼と思わなくて、しっくりする呼び方を考えてください」
「『賢者様』は却下です――」
「『先生』とかはどうでしょうか?」
「うーん。私は賢くも偉くないので、もうちょっと身近な呼び方のほうが助ります」
「『お兄さん』はどうでしょうか?」
ラミーシャには年下の妹のような印象がある。
マリトは男兄弟だったので、妹という存在には憧れがある。
「それは絶対だめです」
「私には兄がいますが、最低です。尊敬できません」
「『お兄さん』だと絶対嫌な気持ちになります」
◇
しばらくの沈黙の後……
ラミーシャはふとサイドテーブルにある自分のペンダントに目をやり、手に取った。
病院に運ばれてきたときに身につけていたものだ。
彼女は金属製の小さなペンダントトップをそっと開いた。
中には、小さい頃の家族四人の写真が入っていたが、色褪せてもう何が映っているのかもわからない。
ペンダントを静かに閉じながら『いいこと思いついちゃったかも』と声に出さずに口だけを動かした後、切り出した。
「あのー、『お父さん』とお呼びしたら、ダメでしょうか?」
――えええー?この私がお父さんだと!?
「いやいや、この年で『お父さん』とか勘弁してください」
「さっき、わたしのことを守ってくれると言ってくれました」
「何をすれば良いのかも指示してくれました」
「賢者様って、すごく頼りになるって思ったんです」
「男の人だって聞いて、きっとお父さんが、……」
言い直す。
「もし、お父さんが生きていたら、あんな風に守ってくれたんだろうなって思ったんです」
「いやいや、君と年齢はあまり違わないので、『お父さん』というのはさすがにちょっと……」
「私はまだ二十六歳で、君くらいの娘がいるような歳じゃないんです」
「大丈夫です」
「このボルディアでは十八歳で結婚できます」
「私がいま、十七歳なので、賢者様が十八歳の時に私が生まれたと考えると……」
口を軽く開いたまま固まり、しばし沈黙が流れる。
「三十五歳だよね……」と引き取った。
悲しい気持ちが広がる。
「私のお父さんになるのは、そんなに、お嫌ですか?」
彼女の悲しい気持ちが内側から直接伝わり、マリト自身が悲しくなる。
――これは参った……
「いや、そういう意味じゃないんです」
そう言うのが精一杯だった。
少し悲しい気持ちが収まる。
しばらくの沈黙の後、ラミーシャは聞いてきた。
「それとも、『お父様』のほうが良いですか?」
――おーい。いつの間にか二択になってるぞ……
マリトには、なんとなくおかしく楽しい気持ちが芽生えてきた。
困ったことに、その気持ちが自分のものか、彼女のものか、区別がつかなくなっている。
もともとの父親の記憶も希薄なところに、自分を守ってくれる年上の存在。
父親が生きていればよかったのに、という積年の思いのあった彼女には、このときには、それがとても素敵でしっくりくる考えだと感じられたのだった。
――本当にこの歳まで生きていたら、きっと兄と同様、父親にも幻滅していたと思うけどな……
――身体を貸してもらっている恩義もあるし、この娘がそれで幸せな気持ちになれるなら、受け止めてあげてもいいかな……
「わかりました。『お父さん』のほうにしてください」
――居心地の悪さはあるが、じきに慣れるだろう。
すると、うれしいという感情が湧き上がってくる。
頬が笑顔を作るのを感じる。
「はい。では、これからは、『お父さん』と呼ばせていただきます、お父さん」
マリト自身も、とてもうれしい気持ちになってきた。
そしてその感情は、脳内物質による錯覚なんかではなく、彼女が喜んでくれていることを、好ましくうれしく思っている彼自身の気持ちだと気づいた。
◇
夜が明け、窓の外がほんのり明るくなってきたころ、ドアノックの音が聞こえた。
「ラミーシャさん、入りますよ」
「マイスナー先生」
――白衣を着た医師らしい男性が、背の高い車椅子を押しながら入ってきた。
帯刀した男性がドアの外に待機しているのが見える。
車椅子の人物の護衛のようだ。
マイスナー先生と呼ばれた男性は車椅子をベッドのそばまで移動させた。
「理事長、お話が終わりましたら、お声がけください。」
そういってドアの外に出た。
車椅子の人物が声を発した。
「おぬしが、ラミーシャ・フォートレンディルさんじゃな。はじめましてじゃ」
「わしは、魔法学園の理事長をしている、ルーパ・ブルックスじゃ」
「さて、賢者様はいらっしゃっておるかの」
「はい」
「今日ここに来たのは、今回の召喚について説明させてもらうためじゃ」
剣と魔法の異世界ですがITコンサルのお仕事です!美少女に転生してきたアナタなら余裕ですよね! キモトヒロシ @ningetsu
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