剣と魔法の異世界ですがITコンサルのお仕事です!美少女に転生してきたアナタなら余裕ですよね!
キモトヒロシ
フェーズⅠ 異世界に転生した日のお仕事です
SP01 魔力の暴走を収めてください
サワ・マリトは、IT企業に勤めるコンサルタントである。
彼はいま、暗闇の中、身動きが取れない状態に苦しんでいた。
――金縛りだ。身体がまだ寝ている状態で、頭が覚醒しているだけのことだ。
――しかし、長い。いつもなら、どこかが動いて目が覚めるんだが……
ぞわり。恐怖心が背中のあたりから湧き始める。
暗闇の中で誰かが自分を見下ろしている気がする。
――『やはり誰かがいる』――その思いが確信に変わったとき、
「お目覚めですか?」静かで澄んだ、優しい女性の声が響いた。
恐怖は全く感じなかった。
逆にその声を聞いた途端に、安心感と、そしてなぜか胸の中で幸福感が膨らむのを感じた。
声は続けた。
「ようこそ、賢者様。私たちの世界、ボルディアへ。」
「異世界からの召喚後は、しばらく身体の自由がきかなくて不安だと思いますが、すぐに動かせるようになるので安心してください」
――賢者様?オレのことか?
――これはアニメやラノベでよく聞く異世界召喚なのか?
◇
「賢者様は、まだ、声も出せない状態だと思いますが――」
「強く念じてくれれば、私はその内容を読み取ることができます」
「まずはこの方法でお話できるようにしたいと思います」
――この女性には、心が読めるのか?
「まずは、挨拶から」
「心の中で私に話しかけるように『こんにちは』と言ってみてください」
――「こ……に……は」
「あまり明確ではありませんね。しっかり念じながら話をする感じでもう一度」
何度か繰り返すうちに読み取ってもらえるようになってきた。
マリトはうれしくなってきた。
ひととおり簡単な挨拶の練習が終わった後、女性は言った。
「いろいろお知りになりたいことがあるでしょうから、質問してみてください」
聞きたいことは確かにあるのだが、マリトはそのとき、どうしても聞きたくなった質問をぶつけてみることにした。
心が読み取れて、その声を聞くだけで幸福感に満たされる存在。それは――
「あなたは――女神様――なのですか?」
声は予想外の質問に戸惑った様子で「はい?」と返した。
「わたしが?」
「女神――さま?」
笑いをこらえきれないように続けた。
「もう、女神なんて、私になれるわけないですよ」
あははは、と鈴を転がすように笑った。
「緊張してたのに――もう、身体の力が抜けるからやめてください。賢者様は……」
そして、何かに気づいたように「あっ」と小さくつぶやき、声のトーンが澄ました感じに戻った。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。失礼しました」
緊張が解けたのか、話し方に親しみが加わったような気がする。
微笑ましく、好ましく思えて、マリトは楽しい気持ちになってきた。
◇
「私は、ラミーシャ。ブリヤ魔法学園の学生です」
――いま、魔法と言ったか?
「ここは病院で、賢者様を召喚した後のリハビリのために、入院しています」
「私はどんな状態なのですか?」
「もう話ができて、説明もできるようになったので、目を開けますね」
まぶたがゆっくりと開く。
彼の意志とは関係なく……
――天井が見える。夜のようだが、部屋の中には光が満ちている。
「起き上がりますね」
ラミーシャは身を起こしてベッドに腰掛けた。
そして、サイドテーブルに手を伸ばして、自分の顔を映した。
まるでCGのように整った顔立ちの美しい少女が、マリトを見返していた。
あまりの美しさに息をのんだ。
年の頃は、十六、七歳といったところか。
少し幼さを残す、大きな丸い目に、空の色を思わせる明るい青い瞳。
卵形の、やわらかく整った頬の曲線。
ヨーロッパ系を思わせる、通った鼻筋に秀でた額。
やや小ぶりな口元と、柔らかく閉じた唇。
長く伸びた髪は、光を受けて金色に輝く。
首には幅三センチほどの白いチョーカーが巻かれていた。
無地で柔らかな素材のようだが、よく見ると、注意を払わなければ気づかないほど、かすかに緑色の光を放っているようにも思える。
「賢者様は私の中に召喚されています」
彼女の言葉は、手に持っている鏡に映っている顔の唇から発せられている。
◇
予想外の出来事に戸惑いを隠せないまま聞いた。
「ここはどこですか?」
「ここは、ボルディア最大の都市ゾンリーチャにある、ブリヤ魔法学園付属病院です」
――初めて聞く単語だ……日本の地名の響きではない。
それどころか、まったく事情がのみこめない。
「私が君の中に『召喚』されたのはわかりました」
「自然に受け入れてくれているようですが、よくあることなのですか?」
「いえ。滅多にないことで、とても名誉なことです」
「ボルディアは召喚された最初の賢者様の知恵によって作られた国です」
「次の賢者様をお迎えできるように人格と魔法を磨くことが、私達の学園の目的のひとつになっているんです」
――彼女は選ばれし者というわけか。
「その『魔法』というのはどんなものなのですか?」
「私は勉強中なのでお教えできることは少ないのですが、知っている範囲でお答えします」
「魔法ではいったいどんなことができるの?」
「いろいろできます」
「お湯を沸かしたり、ライトバルブを光らせたりできます」
「あと、体の調子を整えたりもできます」
――地味なものばかりだな……
「何か魔法を使ってみてもらえますか?」
「私にできることは多くないんですが、そこにあるライトバルブを光らせますね」
鏡のそばにある透明な球のところに移動し、台座を覗き込む。
「確かこの辺りに、『ルミナス・モデュレーター』の魔方陣があったはず……」
ライトバルブの台座あたりのスイッチのような部分を触りながら、
「魔法の使えない人は、ここを触って、点けたり消したりするんです」
「でも魔法を使える人は……」
「ありました。これです」
そこには円形の魔方陣のようなものが描かれている。
それを目に焼き付けるように見てから、スイッチを触ってライトを消した。
暗闇の中、先ほど見た魔方陣が視野の右上辺りに白く光る残像のように残っている。
「範囲は1メートルでいいかな」そうつぶやきながら、呪文を唱えた。
「ウヌス・ウト・ラディウス、ルクス・ファイタキス!」
ラミーシャのチョーカーが短く白く光ると、球体は光を放った。
マリトは感心した。
「魔方陣と呪文で魔法を発動しているのですか?」
「はい。それに加えて首のチョーカーの三つで魔法は発動します」
「色を変えますね」
そう言うと、続けて唱えた。
「ストロンティア・ウト・スブスタンティア、ファイタキス」
再びチョーカーが白く光ると、球体は燃えるような鮮やかな赤い光に変化した。
――すごい。ただ、元の世界のリモコンでもできることだな……
マリトのその認識が誤りだということが、続く出来事で明らかになる。
◇
ガッシャーン。
窓の外から、何かがぶつかる大きな音が聞こえた。
馬のいななきが聞こえる。
病院内も騒々しくなってきた。
「だれだ、病院中の照明を全部赤にした奴は?」と怒号が聞こえる。
「あっ」
ラミーシャが口に手を当ててつぶやく。
「範囲指定を忘れてました」
「私は魔力が強すぎるので、町中で使うなって言われていたんでした!」
慌てて唱える。
「ノクス・ファイタキス!」
今度は光が消えて真っ暗になる。
さらに怒号が広がっていく、
「誰だ?町中のライトを消したのは!」
鐘の音も加わり、喧噪はより激しさを増す。
「おい。灯りをよこせ。手術中なんだぞ!」
「何がどうなっている?患者を殺す気か!」
ラミーシャは大急ぎで唱える。
「ルクス・ファイタキス!」
光が戻ったが、色は変わらず鮮やかな赤のままだ。
外からの喧噪はさらに大きくなっていく。
「広域魔法でいたずらしている馬鹿はどいつだ。止めさせろ!」
「ど、ど、ど、ど、どーしましょ!」
「私、退学になってしまいます」
ラミーシャの不安と焦りが伝わってくる。
涙目になっている。
マリト自身も焦りを感じているが、それが彼女の感情だと気付いた。
感情は脳内物質によって左右される。
脳を共有しているために彼女の感情を自分の感情として捉えているのだ。
マリトは自分自身の不安を打ち消すように声をかけた。
「まずは、落ち着いて。深呼吸」
「賢者召喚に成功した君が退学になることはない」
「どんなことがあっても、私が君を守るから大丈夫だ」
――もちろんはったりだ。前職のアンドロメダコンサルティング直伝の技……。
ラミーシャはコクリとうなずく。
焦りの気持ちが静まっていく――
置かれている状況がろくにわかっていない自分に何ができるのか自分でも知りたいくらいだが、こういう場合には、はったりも効果的だ。
「まずは最悪のケースと、いまできることを考えよう」
「この問題は君でなくても魔法が使える人なら解決できますね」
コクリ。
「それに朝になって明るくなれば、ライトの色など関係なくなります」
「よって、解決は時間の問題です」
「つぎ、出火とか、避難が必要な非常事態が起きていないか確認する」
「そして状況を責任者に連絡する」
「危険回避のためすぐできることがあればする」
「なければ、状況把握を継続しながら指示を待つ」
――まるでシステムトラブルの対応だな……
「マイスナー先生から、勝手に部屋から出るなと言われています」
――病院の責任者か……
「想定外の事態なので、状況次第でやるべきことを判断しましょう」
「まず、できる範囲で確認です」
ラミーシャは慌ててベッドの反対側にある窓まで行き、カーテンを開いて外を見る。
病院は5階くらいだろうか、他の建物が低いため遠くまで見ることができる。
――なんてことだ……
窓から見える範囲の灯りという灯りがすべて鮮やかな赤に光っている。
――赤い光の海だ。
遠くの方から、馬のいななきや悲鳴、物がぶつかる音、喧噪が聞こえてくる。
――幸いにも出火などはしていないようだ。
「次に、責任者に連絡です」
「マイスナー先生に、念話連絡してみます」
小さな魔方陣を視界の隅に描いて、「マイスナー先生」と声をかける。
「だめです。応答がありません」
――おそらく状況確認で手一杯なのだろう。
部屋の外の騒ぎは収まらない。
「できることは何かないの?」
「せめて色を元に戻せればいいんですけど……」
「その呪文を思い出せないんです」
情けない気持ちが胸いっぱいに膨らむ。
「日の光を指定するんですが、その魔法語が思い出せないんです」
「落ち着いて。その魔法語を思い出してみよう」
「どんな言葉なんですか?
「太陽を意味する単語です」
「サン?」
「それは標準単語です」
「魔法語では、月がルナで、金星がウェヌスで、火星がマルス……」
――ラテン語系か?
――英単語にラテン語語源のものがあるはず……
「太陽電池は英語で、『ソーラーセル』で……」
「ああっ、それです『ソーラ』です!」
――ええっ?
「ソーラ・ウト・スブスタンティア、ファイタキス!」
部屋の光の色が元に戻る。
窓から見える赤い光が、病院を中心にして白色に変わり広がっていく。圧倒的な光景……
動かせない身体のなかで、マリトは思わず息を呑む。
――王蟲(オウム)の攻撃色が消えていく……
昔見た映画のフレーズが頭をよぎる。
窓に反射して映る、白いガウンを着た小柄な少女のつぶやきひとつで、見渡す限りの風景が変わる。
その圧倒的な魔法の力を目の当たりにして言葉を失う。
周りの喧噪はまだ完全には収まらないが、少し落ち着いてきているようだ。
『元に戻った』という声が混じる。
ほっとした安堵感が広がる。
「賢者様のおかげです」
「ありがとうございます」
――『魔力暴走の解決』か……ちょっとコンサルの仕事っぽいかもな。
――偶然に過ぎないし、マッチポンプのような気もしなくもないが……
――まあ、コンサル案件なんて、多かれ少なかれ、そんなところあるからな……
異世界に来て最初のミッションが無事クリアできたことで達成感が広がる。
そして、誇らしい気持ちと尊敬の念が湧き上がってきた。
――あ、違う。これは、自分のじゃなくて、彼女の気持ちだ……
◇
「ありがとうございました、賢者様」
ラミーシャは、ベッドに腰を下ろし、緊張を解き力を抜いて軽くうつむく。
大慌てで、動き回ったので、ガウンが乱れ、胸元が少しはだけている。
視線を落とした先に、ガウンからすらりと伸びた白い足が覗く。
胸元の膨らみが目の端に入る。
――ちょっと、ちょっと、これは無防備じゃないですか?
――オレだって男なんだから……
――のぞき見みたいで、さすがにこれは……
――あれっ?ひょっとして……彼女、気付いてない!?
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