第3話 アナザーワールド・ゴールドラッシュ
『エイリアン・ブラザーズ』では、デスすると最後に立ち寄った元安全圏の転送装置付近でリスポーンすることになる。
元と付いているのは度重なる魔改造アップデートにより個人の所有エリア以外はPKできる仕様に代わったからであり、それを補うように追加されたのは、デス後十分間の無敵時間。
暗転した視界の右端に無敵時間とプレイヤー攻撃禁止のバフ・デバフアイコンを確認した数秒後、ジェイドの視界がパッと晴れていき、毒々しい色彩の産業都市の姿が浮かび上がる。
――負けた。悔しいが、意外にも晴れやかな気持ちだ。
自分に過失があったというよりも、圧倒的な技量の差があって、それを埋める閃きがあって、最後にふとした運でそれが覆されて、でも、それだけで決まった勝負とは思えないから。
晴れやかな気分で中央の川に沿って南下すると、『アリゥオン橋』にガーネットは居た。
欄干に寄り掛かって極彩色の空を眺めていた彼は、歩いてきたジェイドに気付くと、無い口が緩んでいると分かるような調子で、フリフリと触手を振ってきた。ジェイドははぁ、と頬を歪めながら溜息を吐いて歩み寄り、ドッカリとその隣に背中を預けた。
「てっきり勝ち逃げするとばかり思ってたが……なに浸ってんだ?」
「いや、なに。負け犬がどんな顔して歩いてくるのか気になってな――なんて。まあ、さっきの決着は俺も不本意だ。意地で勝ったが、勝負としては俺の負けだろ」
肩を竦めて殊勝な態度のガーネットに、ジェイドは目を丸くする。
それから少しだけ考え事をした後、緩やかに首を左右に振った。
「いや、お前の勝ちだよ。そんで俺の負けだ――確かにあのタイミングで触手が増えたのは運が悪過ぎるが、そういう種族だ。俺もアポチュジョジョン星人の敏捷性を押し付けて勝とうとしたんだから、お互い様だろ。……良い勝負だった、楽しかった」
そう言って手を差し出すと、ガーネットは少しの硬直の後、鼻で笑う。
そして鉤爪の手を差し出し返して、死闘を称える握手を交わし合った。
「そんだけ強けりゃPKするのも楽しいだろうな。少し気持ちが分かったよ」
そう言って手を離そうとするジェイドだったが、
「いや、それは違うんだ」
不意にガーネットがガッシリと止める。ジェイドは自分より厳つい宇宙人に連行されるような姿で「あ?」と怪訝な声を上げた。ガーネットは言葉を選ぶように胡乱な目で夜空に星座を描いた後、するりと握った手を離して語り出す。
「――まあ、当初は確かに歯応えのある対人戦を求めていたんだけどな。途中で飽きてやめてたんだよ、このゲーム。実を言うと、ログインしたのは二週間前が一年ぶりだった」
確かに、圧倒的な過疎化が進んだこのゲームをずっとプレイしている人間なら、ジェイドがその名前を知らないのも妙な話だ。まだ少しだけ人が残っていた頃にやめて、ここ最近で復帰して。その暴れ具合が既存プレイヤーの耳に入って、サイトに書き込みがあったと見るべきか。
「そんな唐突に復帰するほど魅力的なゲームでもないだろ、これ。確かに物理エンジンとかは現代でも通用するし、オリジナリティは間違いなくあるけどな。
クソゲーと呼ばれる程ではないが、明らかに化石であり、今はもっと面白いVRゲームがたくさん存在する。わざわざエイリアン・ブラザーズに触れる理由が無い。
「なに、お前攻略サイト運営してんの?」
そういえば初出の情報だったか。ジェイドは口を押さえながら自分のネットリテラシーに呆れつつ、「まあいいか」と頷いて「そうだよ」と認めた。
「細々と色んなゲームに手を出して稼いでる。月十万くらい」
「はー……道理で中々、腕が立つ訳だ。納得した」
「お褒めに与り光栄だよ。で、そのサイトに書き込みがあった訳だ――最強のPKがこの橋に居る、ってな。まあ別に倒してくれって話じゃなかったが」
そう言うとガーネットは「あー」とニヤけた調子で呟いて横目をこちらに向ける。
「それは俺が頼んだんだ」
「……は?」
「俺に殺された相手に、『俺のことを他プレイヤーに宣伝してくれ』ってな」
なるほど――つまり、二週間前に復帰した彼は再びPKを繰り返すようになり、そして倒した相手に対して自分の存在を周知させ、ねずみ算式に対戦相手を募集し続けたということだ。そして、今日、ジェイドにその話が届いて、今、ここに至るということだ。
どうしてそんなことを。そう訊きたくなる気持ちを堪え、素直に受け入れておく。
「じゃあ俺のサイトのトップページに書いておこうか? 『レイドボス登場』って。もしかしたら俺より強い奴が居るかもしれないぜ」
そういう冗談の類も許されるようなプレイヤー人口だ。
そう思って半ば本気でジェイドが提案すると、「いや」とガーネットはそれを拒む。
「別に俺は強い相手と戦いたくて復帰した訳じゃないんだ」
そういえば話が逸れて、彼がこんな真似をしている理由について触れていなかった。
「じゃあどうしてこんな武蔵坊弁慶ごっこをしてたんだよ?」
そう尋ねると、ガーネットは――黙る。言いたくないのではなく、言葉を選んでいることが何となく分かったので、ジェイドは溜息をこぼしつつ彼の視線を辿って夜を見る。
「『アナザーワールド』って新作MMOが出るんだよ。知ってるか?」
十数秒後に口を開いた彼の一斉に、ジェイドは胡乱な目を向ける。
知らないタイトルだったから、ではない。それは――ゲーマーなら知らない方がおかしいくらいの、超話題作だったからだ。
「あのな、未だにこのゲームをプレイしているようなコアゲーマーでそのタイトルを知らない奴は居ないだろ。『クァンタム・クラウン』の製造会社が出資して、現代でも通用するエリブラ物理エンジンの外注先と、『インターステラー・アドベンチャー』の開発元が共同制作した新作! 去年のベータ版で社会現象を起こしたVRMMOの、NFTゲームだ」
ベータテストに当選しなかったのは今でも悔しくて仕方がない。
このタイトルを知らないなんて思われたくなくて口数を増やしたジェイドに、ガーネットは笑いながら「知ってるなら話は早い」と頭を掻いた。
「俺もあんまり詳しくはないんだが、NFTってのはつまり、ブロックチェーン? とか何とかで、要はゲーム内アイテムを仮装通貨に替えられるってことらしい」
悪巧みでもしているつもりなのか、少し声を潜めるガーネットにジェイドは笑う。
まるで子供の内緒話でもしている気分になりながら、「儲かるんですか」と下卑た顔で言い返す。すると、彼は幾らか悩ましそうにしながら、少し真剣に言った。
「今までNFTゲームで儲かるって話はあんまり聞いたことがない。法整備もここ最近になって進み始めたところだしな。だが、『アナザーワールド』だけは次元が違う。資本金が今までのどのゲームに比べても異次元に多いし、無数のリーガルチェックも済ませて、現時点で大量の投資家が参戦の機を見計らっている状況だ。こういうのに詳しい奴に軽く聞いたところ『儲かる確証はないが、儲かる可能性は充分にある
「へぇ!」とジェイドは驚いて声を上げた。
流石に攻略サイトとして参戦しても競合に勝てる見込みは無いが、それはそれとしてプレイヤーとして楽しむつもりではあったので、気が向いたら換金も狙ってみようか。などと、ジェイドが呑気なことを考え込んでいると、ガーネットも同じように思っていたらしい。
「元々やるつもりだったが、ちょっとばかし本腰を入れようと思ってな」
そしてガーネットは、そこでジェイドをジッと見詰めた。
その視線に何か意思を感じ取ったジェイドは、思わず口を噤んで彼を見詰める。
「――で、だ。大抵の場合、MMORPGはソロよりもパーティを組んだ方が効率的だ。だからといって、俺の足を引っ張るような奴と手を組みたい訳でもない。だから、俺は、探すことにした。俺と肩を並べて戦える相棒を……ビジネスパートナーを」
そこまで聞いてとぼけた顔をするような相手なら、ガーネットは誘わなかっただろう。
そこで全てを理解して目を丸くしたから、ガーネットは薄っすらと笑って欄干から背中を剥がし、それに付き合うように背筋を正したジェイドへ、真っ直ぐに言った。
「十九世紀アメリカ。カリフォルニア・ゴールドラッシュ。その時代、その場所に生まれなかった俺達に一攫千金の機会は無い。だが、二十一世紀、令和。大量の金が動こうとしている。そして、それがゲームである以上、腕利きのゲーマーは最前線の採掘者になれる。だから……そうだな、敢えて、それに名前を付けるならこうだ」
流石に、全部理解した。この、宇宙最悪の
「
この男は言っている。共にツルハシを担いで海を渡れと。
十九世紀、金の鉱脈の報せを聞いて船に乗った者達と同じように。もしもその時代に自分達が生まれ、そして同じように生きていたら、きっと彼は同じことを言ったのだろうな。そう確信させるような獰猛な笑顔で、驚愕と不敵な笑みを宿すジェイドに手を差し伸べた。
「俺と手を組まないか? ジェイド――自称最強のPKと、攻略サイトの管理人で」
俺達で鉱脈を掘り尽くそう。その目はそう語っていた。
ジェイドは笑みに歪んで戻らない唇を隠しながら、差し伸べられた手を眺める。
ネットリテラシーの観点からすると、お金が絡んだ話を初対面のゲーマー、それも過疎なゲームのPKという野蛮な行為をし続けている相手とするべきではないし、間違っても約束をするべきではない。しかし、あらゆるリスクの中でただ一つ、紛れもなく事実だと言えるのは、先程繰り広げた死闘。負ける気はない戦いで、彼は自分を破った。
驚異的な反射神経だった。アバターの操作精度も異次元だ。
きっと彼なら自分にはできないことができるし――ああ、残念なことに、きっと自分なら彼には気付けないことも気付くのだろうという確信があった。こんな初めて会った相手と手を組むのか。まだサービス開始までは時間はある。慎重に相手を見極めるべきではないか。そう思ったものの、言い換えると、その時点で、気持ちは既に乗り気で。
ああ、思考が入り乱れて結論が出てこない。
だが――面白そうだ。その感情が、全ての逡巡を追い越した。
「――乗った」
気付けば鉤爪の手を、カエルのような手が力強く握り返していた。
その感触を噛み締めるように目を瞑ったガーネットは、大きく息を吸う。そして、ニヤリと笑うように目を細めると、不敵に言った。
「後悔すんなよ」
「こっちの台詞だ」
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