第4話 ついに脅すことに成功したぞ!

「葵ちゃん、わかってるよね?」

「……」


 瀬野葵は三人を置いて出て行ったあと――遠くの公園にやってきていた。


 そこで待っていた柳生裕也は葵になれなれしく話しかけている。


「僕が持ってるこの紙があれば、君が未成年なのにガールズバーで働いていた事が証明されてしまう。それは嫌だよね?」


「ッ……」

「なら僕の言うことを聞いてね」


 その紙は、かつてトラックに轢かれたゴミ袋から風に飛ばされた書類だ。


 それを偶然拾った裕也は絶体絶命の状況に震える葵に迫る。


「これで僕が正しいんだって、不良に脅されてるって……みんなに言ってくれるよね?」


 一つだけ救いなのは、裕也が直接葵を標的にしていないことだろう。


 あくまで裕也は虎魚おこぜの悪事を暴きたいだけなのだ。


 その悪事は全て濡れ衣だと知っている、という注釈はつくが。


(もしこれで、おっくんのせいにしたら……おっくんが学校にいられなくなっちゃう)


 虎魚おこぜはもちろん学校から心証がよくない。


 自分が脅されているなどと言ってしまえば、最悪学校を退学だ。


 そこまで考えて、葵は唇をかみしめた。


(それくらいなら――)


「……言いません」

「は?」


「おっくんは大事な人です。あなたになにされようが、私は絶対に濡れ衣なんて着せません」


 ガールズバーではもう働いていない。鬼苺家に招かれるようになって余裕ができたから。


 もう昔のように辛くはない。幸せを一緒に作り上げてくれる人ができたから。


(おっくんなら、貧乏で迷惑かけてばかりの自分にも、なにも変わらず接してくれたから――だから!)


「私はこれ以上、おっくんの重荷にだけはなりたくない」

「ッ、この……!」


 自分の要求が受け入れられない事を悟った裕也が腕を振り上げた、そのとき。


「――おい」

「ひっ……!?」


 裕也の動きを止めさせたのは怒気を滲ませた声。


「うそ……」


 葵が信じられない思いで見ると、そこにいたのは――。


「柳生裕也あああああ!!!」


 絶対安静の左足を気にとめることなく、全力で裕也の元へと走る虎魚おこぜだった。


 そして。


「俺の!」


 痛む足を踏みしめ。


「葵に!」


 腕を引き絞って――


「手え出すなって言っただろうがあああああああああ!!!!」

「ぎゃあああ!!?」


 思い切り裕也の顔に拳をめり込ませた。


 殴られた本人はコメディーのように吹っ飛ばされ、遊具に当たって停止。


 そのままカクンと首を折って気絶。

 時間にすれば数秒の鮮やかな救出劇だった。


「俺よりヤバい悪事を働くんじゃねえよ、クソが」

「お、おっくん……」


 そう吐き捨てた後、葵に向き直る虎魚おこぜ


 怒りに歪んだ顔は、まさに主人公に立ち塞がる悪役であり。


 葵にとってだけは――悪役から自分を救うヒーローで。


 その心の内を知らない虎魚は、松葉杖を拾いながらぶっきらぼうに言った。


「葵、帰るぞ」

「で、でも」

「うるせえ、黙ってろ」

「……はい」


 気絶した裕也も葵の戸惑いも置いて、二人は言葉少なくその場を後にした。





――――


 あれから数時間後。


 一応足の検査をしてもらい、何事もなかったのを確認してから俺たちは帰宅していた。


「菫たちはいないな、遊びにでも行ったのか?」

「……」


「まあいい。夕食は勝手に食うように紙に書いておこう。葵、話があるから俺の部屋に来い」

「……」


 黙れとは言ったが、本当に黙ってんな。


 あれからほぼ言葉を発していない葵を横目で見つつ、補助してもらいながら自室に入った。


 家に無駄にある金を拝借して買ったキングサイズのベッドに座る。


 ほっと一息ついていると、所在なさげに立っている葵がついに口を開いた。


「……なんで私があそこにいるってわかったの?」

「あ? 鞄渡すときにGPSつけただけだけど?」


 葵のバッグにつけておいたキーホルダーを見せる。


 まさか葵のバイト先を割り出すために買ったキーホルダーがこんな形で役に立つとは思わなかった。


 まあそのおかげで、あのクソに葵を取られずに済んだのだ。


「……そっか」


 俺は運がいい、などと自分に惚れ惚れしていると、葵が一言そうこぼした。


 いつもとは違って寂しそうに笑う。


「私ガールズバーで働いてたんだ。失望したでしょ?」


 そしてその笑顔のまま、やけに明るく話していく。


「事故も、食事させてもらっているのも、今日だって……助けてもらってばっかりで、ずっと迷惑ばかりかけてる……っ」


 だがだんだんと勢いは落ちていき――最後には濡れた声でつぶやいた。


「だからっ、私は……ぐすっ……おっくんの、隣にふさわしいような女の子じゃ――」


「さて、そんなことはどうでもいいから、俺の用件を話すぞ」

「……え?」


 弾けるように顔を上げた葵。


 泣くにはまだ早いんだな、これが。


 だってお前にはそんなことを吹き飛ばすような絶望の未来が待っているんだ。


 俺は紙を葵の前にかざした。


「クックック……俺は今あいつから奪った書類を持っている!」

「……」


「そう、ガールズバーで働いていた証拠がな! そう、これがあればお前はもう俺に逆らえない……言いたいことがわかるか、葵? お前はまだなにも助かっちゃいないんだ」


 そして俺は自信満々の下卑た笑みで、告げた。


「これがばらされたくなければ――俺の女になれ」

「え……」


「今度からずっと俺の隣にいろ。もちろん夜もだ。毎日もうイヤって泣くまで快楽を植え付けてやるからな? ククク……」


 絶句している葵を横目に、俺は笑いが止まらない。


 これぞ極悪! 人を人だと思わない非道! 希望を見せた上で絶望へ落とす卑劣な行為だ!


 さあ葵、答えを聞かせてみろ。拒否権はないがな――!


「私で……っ、ほんとに、いいの……?」

「……ん?」


「なる。なるよ。私、おっくんの女になる!!」

「は? ……んぐっ」

「んっ……」


 潤んだ目を輝かせながら抱きついてきた葵は、そのまま俺の唇を奪った。

 

 目の前にいる葵の目尻には、涙の粒がかすかについている。

 もう涙は流れていないようだ。


 えー……なぜこうなった?


 普通不良に脅されるなどイヤなはずなのに……。


 頭がお花畑なのかもしれない。そう思ってもう一度体を離して確認する。


「ぷはっ……おい、夜の相手って意味わかってるか?」

「うん、もちろん」


「あ、えーと……毎日いやらしいことされるんだぞ?」


 もちろん体調が優れない時や眠い時、今日はイヤだなって時以外は毎日だ。


 気持ち悪い肉ダルマに体を好きにされ、嫌悪と屈辱に塗れながらその身を汚されていくのだ。


 ククク、これはさぞや嫌がるだ――


「むしろされたいけど?」


 ……。

 

「……あ……お、おう……じゃあ、そういうことで」

「うん。それじゃあ早速始めよっか」

「え」


 戸惑う俺を置いて、葵は俺の鎖骨をちろりと舐めて蠱惑的に笑う。


「ふふっ、私……はじめてだから一生忘れない思い出がほしいな」


そう言って、俺は葵に押し倒された。


……。うん。


……か、観念したんだろうな!

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