第2話 助けなんて呼ばせねえ!

「よっと……」


 一ヶ月後、昼休憩の学校の廊下を俺は歩いていた。


 あれから左足の骨折と診断された俺は、持ち前の回復力とバカみてえな体力により二週間ほどで退院を果たした。


 もちろん短期間でギプスを外すほど人外ではないので、今でもまだ松葉杖だが。


 これでは不良みたく女生徒をつけ回してナンパすることもできない。困ったものだ。


 だが、まあいい。ちゃんとした報酬は手に入ったからな。


「……ククク……」


「ねえ、見てあの凶悪な笑顔……何人殺したのかな……」

「うわあ、私の二分の一は殺してそうだね……」


「えっ……」


 最初の重要な時期に学校におれずクラスでは浮いているし、こうやってひそひそと陰口を叩かれているが、俺は結果オーライとニヤリと笑う。


「あ、おっくん。勝手にいなくならないでよ、補助できないじゃん」

「おう、悪いな葵」


 そう、今ちょうど来た金髪碧眼の明るい少女――瀬野葵が俺の介助を買って出てくれるという幸運に見舞われたからな。


「悪くなんてないよ。これは妹を助けてもらったお礼」

「あれは俺が将来のハーレム候補を死なせたくなかっただけで……」


「あーはいはい、その理由は聞き飽きた。じゃあ私たちを家に呼んで毎回食事代出してくれるのもそのため?」

「おう、そのためだ」


「はあ……もうそれでいいから、おっくん。肩貸して」


 俺から松葉杖を奪った葵は、今度は自分の体を代わりに滑り込ませた。


 そう、あのとき助けた少女は瀬野菫――葵の妹だったのだ。


 その恩をダシに俺はこいつと接触したというわけだ。


「ほら、もっと体近づけて。重いんだからそうしないと支えられないんだから」


 そう言って密着してくる葵。ふわっといい香りが漂ってくるのは、こいつの天然の匂いだろう。


 肉ダルマの俺とは違う、女性の体の柔らかい感触が伝わってくる。


 それに気づいているだろうに、葵はそのまま俺を補助してくれている。


「うんっ、しょ……」


 なぜそれがわかるかというと、時々恥辱で顔を赤くして、俺の方をチラチラと見ているからだ。


 今も目をうるうるさせて、泣き出しそうな顔でこちらを睨んでいる。


 嫌で仕方ないんだろう……ククク、強気な女を堕とすというのもまた一興だな……。


「おっくんはトイレに行きたいんだよね、そこまで案内するから」

「ん? 俺は別に今は……」 


「じゃあ今すぐ一階の多目的トイレ行こう。大丈夫、私が全部介助する――」


「――おい、鬼苺!」

「ああ?」


 なぜかトイレまで介助しようとする葵が一階に足を向けたそのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。


 俺は胡乱げな目を向けるとゲームの主人公である――柳生裕也がいた。

 なんだ、こいつ。


 そんな俺の視線にびびったのか、若干震えながらも裕也は声を上げる。


「この不良め、彼女を離せ!」

「……ほう?」


「どうせ貧乏な彼女を脅して、いいようにこき使ってるんだろう! そんな事は許されないぞ!」


 精一杯声を張り上げたその言葉に、周りのものが賛同して首を縦に振る。


 ……へえ。結構言うじゃねえか。さすがは主人公だな。


 彼女を脅していいようにこき使ってる――至極的を射た・・・・予想じゃねえか。


 だが――この展開は予想済みだ。


「おいおい、俺がそんなことしてる証拠でもあるのか~?」

「なっ……」


「じゃあ聞いてみろよ。葵、お前……俺に脅されてこんなことしてんのかよ~?」


 俺は芝居がかった様子で葵に話を振る。


 残念だが、俺は何かお礼をしたいという葵に『学校で事故のことを誰にも話さない』と約束させたのだ。


 ククク、妹への恩を盾にされて泣き出しそうなこいつの顔は見物だったぜ!


『そんなの、嫌だよ……それじゃあ、(おっくんが)誤解されたままじゃん……』


『だめだ。お前はだれにも事故のことを話すな。お前は一生誤解されたまま生きていくんだ』

『……』


 最後にうつむきながら小さな声で「私が(おっくんを)守らないと……」なんて言ってたのは気分がよかった。


 大切の妹を守るために大変だなあ、アーハッハッハ!


 だからこいつは何も言えず、こんな屈辱的な場面でも主人公に助けを求めることもできないのだ!


「私は……」


 さあ、心の内を明かせないまま――主人公を拒絶しろ!

 葵が口を開いた。


「脅されるとかそんなことないし私の意思でやってるけど?

 それに何も知らないのに家が貧乏だから脅されてるとか見た目だけで不良とか偏見を大声で言う感性がマジで無理。今後一切話しかけないで」


「え……」」」」

「いこ、おっくん」


「お、おう……えーと……わ、わかったか? もう俺の葵に手を出すなよ、ククク……」


 思ったよりきつめの拒絶が来た事に戸惑いながら、俺は葵に連れられていく。


 廊下の一角にはしばらく沈黙が落ちたままだった。

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