不良に転生した俺、おもむくままに悪事を働いて狙った女を得た件

雄牛小石

第1話 女の弱みを手に入れたぞ!

「よし……」


 元気にはしゃぐ子供が多い公園。


 190は優に超える巨体をベンチに預け、日焼けして黒くなった厳つい顔をゆがませながら、俺はその瞬間を待っていた。


 俺は前世ではゲームだったこの世界で、鬼苺虎魚おにいちごおこぜとして生まれ変わった。


 そして、俺は主人公――にしてはあまりにもでかくて強面で筋肉質であることからわかるように、ヒロインを奪おうとする悪役。


 こいつはヒロインの秘密を知って自分のものにしようとするクソ野郎である。


 そして、ヒロインの一人が貧乏な家のために年齢ごまかしてガールズバーでバイトをしている証拠を手に入れるのが。


「今日この公園の端にあるゴミ捨て場ってわけだ……」

「ママー、あの人なんかひとりごと言ってるー」


「しっ、ああいうヤクザ崩れは自分がゴミだからゴミ捨て場に思いをはせたい時があるの、そっとしておきましょう……」


 あの親子も今からヒロインを脅す悪辣な俺には気づかず楽しそうじゃないか。ククク……。


 俺は不良の体に入ったからかは知らないが、悪いことをすることに躊躇がない。


 ヒロインがかわいそうとか、倫理的にまずいとか全く考えておらず、ただヒロインを奪い、その体を貪るために今を生きている。


 いずれ主人公からすべてのヒロインを奪ってやることが目標だ。


「~♪」


 おっと、そうこうしているうちにカモがやってきたぜ。


 ヒロインの一人――瀬野葵せのあおい


 金髪碧眼に整った顔、明るい性格。

 それになんといってもあの大きな胸。Fカップはあるだろう。


 あれが今から俺のものになる。


 さて、いくか。


 瀬野葵が消えたのを見て俺はベンチから腰を上げてずんずんと歩き出した。


 ゲームのようにヘマはしない。書類のバックアップを用意するつもりだ。


 もし書類だけでは不十分だったときのために、GPS機能がついたキーホルダーも用意したくらいだからな。


 これでガールズバーに入る葵を監視できるって寸法だ。


 ゴミ袋の前まで来た。

 この中に、俺の獣欲と瀬野葵の絶望の未来が詰まっている。


「ククク……」


 そして、俺はゴミ袋を手に取って――


「あ、待ってー」


 ポンポン、と俺の近くを通ってボールが跳ねていく。


 その後を追いかけてまだ10歳前後の少女が元気に走っていった。


「……」


 なんとなく視線を少女の行く末に向けた。

 ボールが跳ねていった先は――道路。


 そこに一心不乱に駆けていく少女。

 遠くの方からトラックが走ってきていた。


「えーと、ゴミ袋の中身は……と」


 すぐに視線を外し、書類を確認する。


 これで証拠は集まった。後は明日、主人公と仲良くなる前にこいつを見せつけよう。


 ああ、最高の未来がそこに待ってる――


「……ああああああああああ!!!!!!」


 すでに駆けだしていた俺はそこで思考をやめ、一足で道路の真ん中に飛び出す。


 無駄に恵まれた体格はトラックの前で膝を抱え込んだ幼い少女をなんとかギリギリでキャッチして、惨劇を回避した。


 トラックにひかれたゴミ袋には目もくれず、胸の中の少女を確認する。


「おい、怪我ねえか」

「……」


「ったく、ちゃんと周りを確認しろ。今度おんなじ事したら、妖怪肉ダルマの俺が食べちゃうからな」


「……」

「お母さんはどこだ? 後は大人でなんとかするから――おっと」


 言葉をそこで切る。少女がいきなり全力で俺の体を抱きしめてきたからだ。


 お、急に怖くなったか?


 いいぞ泣け泣け、ガキに怖がられてこそ不良ってもんだ――


「……ヒーローのおにいちゃん、ありがとう」

「んんん?」


 いやちょっと待て。

 俺がヒーローだと? このガキは何を言ってるんだ?


 どうにか傷なく済んだ少女は、俺が命をかけて助けてくれたと思っているらしい。


 まあいいか……好都合だ。


 そう思われているなら、それを利用するまでのこと。


 ククク……美少女の原石だから強引に恩を売っただけなのにな。馬鹿なガキだぜ。


 そんなことを考えていると、トラックの運転手が錯乱した様子で飛び出してきた。


「お、おい! 君大丈夫かい!?」

「……あ? 見ての通りかすり傷だが」


「いや、足が変な方向に曲がってるって!」


 確かに見てみれば、左足がどう考えてもおかしい方向にねじれている。


 ああそっか、さっき左足だけ轢かれたんだった。


「そうだ、書類!」


 そこでようやく当初の目的を思い出した俺だったが、すでにトラックの下敷きになったゴミ袋の中身は散乱しており、風に飛ばされている。


 早急に回収したいが、足が……!


「おい、親父! ちょっとそこのゴミ袋を取って――」

「けが人だー! 救急車、救急車ー!」

「お、おい! 話を聞け!」


 集まる野次馬、錯乱したトラック運転手、風に流されどこかへ行くバイトの証拠。


 周りの喧噪に呑まれて俺の声は届くことなく、すぐに着いた救急車に吸い込まれていく。


「おい、おい! 誰か、その書類をー!」


 こうして俺のあくは――――ちょっとした手違いで露と消えた。

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