第2話 宿題:敵塹壕の占領

『こちら第一小隊、中隊司令部へ、火力支援を要請する! 場所は――』

『足がッ、俺の足がああああああ!!!』

『衛生兵来て! 衛生へ……』

『第三小隊より第四小隊へ、敵が側面から来る。注意せよ』

『あああああああああああああああ』

『来るな、来るなぁああああああ!…………』




 無線から聞き慣れたセリフが流れてくる。


 聞きながら、駆けていく――


 目に沁みる青空の下を、駆けていく――


 生きる為に、私は駆けていく。




 今日も今日とて、銃弾と砲弾――

 そして、悲鳴も入り混じって、奇怪な合唱が戦場で響きわたる。


 合唱団の”参加者”も増えていく。


 私の小隊員も、すこしずつ参加していく……


 ……今はどれくらいだろうか?


 私たちは”無人地帯”の中腹、砲弾で抉れた大穴に身を沈めていた。

 敵が籠る塹壕まで、後もう少し。


 理想的な突撃発起線じゃない。

 けど、走って突撃する分には十分だ。


「津田ッ、損害は……」

「損害12……いや、13になった!」


 たった今、応戦していた女子が頭を撃ち抜かれて倒れた。

 それを見て、そう修正する津田。


 倒れたのは、あの”なにそれ”系女子だった。


 あの時の女子たちが寄り添って、何かを言ってる。


 ――もう見慣れた光景だ。それを見ながら津田に問う。


「戦闘可能な重傷者は?」

「いない。動けない奴から先に逝った。動けるのは25名、全員至って健康優良不良少年少女だ、同志軍曹」

「結構、なら――」


 腕時計を見る。

 もうそろそろ味方の突撃支援砲撃が終わる頃合いだ。


 私は二回深呼吸して、短距離無線を開く。


「第2小隊! よく聞け、ここから敵塹壕へカチコミをかける! 第三班はその場から制圧射撃、グレネードもどんどん使え、その隙に第二班と一班は私に続いて突撃! 塹壕に入り次第、各自の判断で敵に引導を渡せ! 私たちが塹壕に入ったら、第三班も続けて突入しろ! 人民の敵を叩き潰すぞ!」

「「「「了解!!!」」」」

「よし、各班、用意が出来次第、報告しろ! 合図で行動開始する!」


 弾倉を交換しながら、各班の報告を待つ。


 一班の班長である津田が先に答えた。


「こちら一班、既に準備完了!」

『二班だ、いつでもイケまっせ!』

『第三班です、御指示を』


 全員、十秒で揃った。


 みんな、この地獄のような戦いに慣れている。

 私の指示に、迅速に従ってくれている。


 さっきまで悲しんでいたあの女子たちも、もう切り替えて前を見据えていた。


 悲しむ暇は、後でいくらでもできる。

 今は——生き残るために、切り替える。


 みんな、歴戦の兵士だった。生き残ることに必死だった。


 そして、通信係の『最終弾発射』の合図が来た。


「……よし、今だっ、撃ちまくれ!!」


 第三班から、猛烈な弾幕が敵の塹壕に降り注ぐ。


 第三班には機関銃・擲弾の比率を高くした、言わば火力支援分隊だ。

 その制圧射撃の効果は凄まじく、敵の射撃が一気に細る。


 穴倉に潜ったか、壊れたか。


 その隙に、私たちは”遮蔽物”に隠れながら、前へ前へとひたすらに走っていく。

 出来る限り敵の射線を遮れば、撃たれずに済む。


 言うなれば、長く身体をさらけ出した奴が撃たれる。


 だが、それでも倒れていく。


 味方の最後の砲撃やその制圧射撃にも関わらず、何名か撃たれていく。


 運悪く近くに砲弾が落ちて死ぬ者も出てくる。


 男子だろうと女子だろうとガキだろうと関係無い。


 ここは至って平等な現場だ。


 私たち、女の命の重さは、男と対等で同等に軽い。


 にも関わらず、男の身体と比べて女の方は生理や体力差で不利。


 それでもここは平等だ。


 区別もされずに殺されていく。


 ただ理不尽に……


 そんな素敵な環境で、ただできることは二つのみ。




 こんな時代に生まれた己の運命を呪うこと――

 その怒りを敵にぶちまけること――




「っ! 前方ガンダム!」


 津田の声で前を凝視する。


 敵塹壕から、あの死んだ魚の目をした腐った赤い単眼の鉄の機械が3体、飛び出した。


 灰色で、背丈は男子高校生くらい。

 細まったシルエットで、以前私が目指してた超スリムな細身だ。


 要はガリガリ君。

 割と好みな、カッコイイ形でもあった。


 そして、私たちと同じように、その腕に銃を持っていた。

 



 それが、私たちの敵。

 命の無い無機質なモノが、敵だ。




 私たちは瞬時に照準を合わせ、引き金を引く。

 引き続けるのではなく、一発ずつ撃つ。


 そうしないと反動で狙いが散るからだ。


 三体は弾幕を浴びて、すぐスクラップになった。


 この”64式小銃”でも十分に対抗できる。その装甲は硬くない。


 そうして、遮蔽物に隠れながら敵塹壕まで十分に近づいた。

 そして、いつもの要領で、全員で一斉に手榴弾を投げ込む。


 投げ込んだ時、胸が一気に高鳴る。




 ――これから敵が待ち受けている塹壕内に飛び込むからだ。




 爆発の瞬間、皆一斉に塹壕の中へ飛び込む。


 塹壕は、こちらの陣地と同じくらいの深さで、胸のあたりまである。


 幅は人二人分くらいの狭さしかない。




 ――その狭い穴の中で、本当の地獄が始まる。




 ただの人間のガキと、機械の壮絶な白兵戦の始まりだ。


 降りた直後、私はスカートが舞い上がるのを気にせずに腰を低くする。

 そして、手当たり次第に、近くにある機械共に撃ち込んでいく。


 辺りでは既に機械が数体が倒れていた。


 だけど、撃ち込む。

 念入りに死体撃ちをする。


 止まったフリをする奴がいるからだ。


 それで騙されて何人死んだか——数えるのはやめた。


「うわあああっ、死ねえ! バケモノども!!!」

「このっ! このっ!」

「ブリキ缶があああ!!!」


 左右でも後輩が叫びながら撃つ。

 汗と血と金属の匂いが漂ってくる。

 そして、悲鳴と銃声の合唱が、塹壕の壁で反響する。


 幸い、動いているモノはいなかった。


 ……とりあえず状況を掴もうとした、その時——



 近くで、あの独特な動作音が聞こえ――



「ぐっ!」


 横穴から飛び出した機械が、私を押し倒す。


 重い。クソ重過ぎて、息が吸えない。


 抵抗しようにも馬乗りされ、動きが封じられる。

 銃まで無機質な手で押さえられ、身動きできない。


 ……終わった。


 格闘戦では機械に勝てない。

 人の腕を簡単に折り、ワンパンで顔面を潰すほどのパワーがある。


 その機械の拳が上がる。


 今まさに、私の顔面へ降り落とそうとする――


 ああ、ここが私の最期か――


 そう覚悟した…。


 その瞬間――


「唯―――――!!!!!」


 その時、津田が突っ込んできた。

 機械の横腹へ、思いっきり足蹴りを叩き込む。


 おかげで、機械は体勢を崩し、迫り来る拳は私の頭の真横に叩きつけられた。


 間近で火花が飛び散る。熱いし痛い。


 だけど、おかげで助かった。


 機械が体勢を整える前に、津田が至近距離で機械の横腹に発砲していく。

 機械は機能停止して、私の横に倒れた。


「唯っ、怪我はないかっ! 動けるか?」

「……動ける。助かった」

「お前が無事ならそれで良い」


 笑顔でそんなことをほざく津田の手を借りて、起き上がる。


 津田の手は、年相応の細い手をしていた。

 ……それが、一瞬だけ頼もしく見えた。


 ……何を考えてんだか……


 礼を言う暇はない。

 周りは、悲惨だ。


 生き残っていた数体の機械と、後輩たちが、今も狭い塹壕の中で壮絶な接近戦を繰り広げている。


 飛び散る血と肉片、止まらない銃声と悲鳴の合唱。

 ――早く加勢しなければ、犠牲者が増えていく。加速する。


 私は小銃を握り直し、塹壕の壁に肩を擦りつけるようにして前へ出る。


「行くぞ津田、お前は左側だ!」

「おう!」


 私たちは左右に分かれて、突撃する。


 曲がり角の先で、機械が後輩を押さえつけていた。

 悲鳴が、喉の奥で潰れる。


「——どけ!」


 背中に一発撃ち込む。急所に当たったのか、即座に倒れる。

 追い打ちに、もう一発、頭部へ撃ち込む。


 撃たれた機械は火花を散らして、ようやく止まった。


「下がれ! 早く立ち上がって、壁に張りつけ――」


 押さえつけられた後輩に、先ほどの津田のように手を差し出す。

 ……しかし、無駄だった。


 ――その子は、もう息絶えていた。

 

 何度も味わった、やり場のない怒りが沸き起こる。


 その怒りを、次の横穴から出てきた機械へ、出会い頭にぶつけた。


 私は引き金を絞る。


 ――ちゃんと、一発ずつ、丁寧に。


 撃つ。撃つ。撃つ。


 狭い塹壕が銃声で反響しまくって、耳が痛くなる。


 視界の端で、第三班の連中が降りてきた。

 機関銃の低い唸りが加わり、空気が震える。




 ――こうして、塹壕の中で――地獄の門が、もう一段開いた。


※続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る