新潟戦線異状なし ――私たちの進学先は、戦場でした……鉄と血と制服と――

御伽草子913

第1話 セーラー服のまま、戦場へ通う

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登場人物 一覧表


・立花唯      主人公、歴戦の女子高生

・津田正三     愛が重い系男子

・高橋       第2小隊の班長格(クラスメイト)

・36人の後輩たち 第2小隊の後輩たち

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”新潟戦線”


日本★赤軍 第1愛知方面軍 ”軍団”

第925神戸学徒師団 第3垂水連隊 霞ヶ丘大隊 第99中隊 第2小隊陣地




 深夜に敵の襲撃があった。

 その時は、なんとか撃退した。

 

 おかげで朝食が”二人分”になった。


 たくさん食べられて嬉しかったけど、まだ少し胃が重く感じる。


 こんな所に来る前は少しでも痩せたいが為にダイエットをしていた。

 けど、ここじゃ、大量に食わないと身体が持たなかった。


 太るほど食べても体重は変わらなかった。

 

 むしろ、顔が細くなった。

 ……まるで、死人のように。どこか怖かった。


 ここへ来る前に戦死した姉からもらった、折り畳みの可愛いらしい手鏡でそう映る自分の顔を見て、そう思った。




「ねえねえ知ってる? 昨日、死んだ高橋先輩から聞いた噂なんだけどさ」

「え? なになに」


 朝なのに薄暗く、時折上から土が降ってくる中、

 私の前にいる後輩の女子たちがそんな話をし始める。


 高橋は女子たちの班長だったクラスメイトだ。


 文字通り昨日死んだ。


 それでも朝食は二人分になって、私たちはもう受け入れてしまっている。


「今の日本がこうなったのって、魔王の復讐らしいよ」

「はぁ?」

「魔王?」

「なにそれー」


「なんでも平行世界で魔王軍と人類が戦争してて、魔王軍が優勢だったんだって。でも、そこに勇者が現れてさ。あっという間に形勢をひっくり返して、魔王を倒したらしいよ」

「そうなの?」

「ふーん」

「でね、問題はここからなのよ……倒された魔王はね、最期に究極魔法をかけたのよ……『日本』に【最強の日本】を召喚したのよ」

「うはっ、なにそれー!!」


 話を聞いていた女子の一人が笑い始める。

 その笑い声が、今私たちがいる穴倉に反響する。


 うるさい。


 ……でも、止めなかった。

 笑っていないと、次に死ぬのが自分だと、わかってしまう。


 死ぬ前にこれぐらいは許すべきだろう。正規軍人じゃ知らんけど。


 今の私たちはアルバイトみたいなモノだ。


 しかも、17歳の女子校生が、同い年くらいの後輩36人と、同級生の津田を率いている。

 第2小隊は、私を含めて計38名だ。


 これから、宿題に行かないとならないから、これくらいの息抜きは許すべきだろう。


 まぁ、うざいけど。


 そう思いながら、暇つぶしにその話に耳を傾ける。


 こんな真っ暗でシメジメとした陰険なところじゃ、それぐらいしか娯楽はない。


「てかさ、なんか色々とおかしくない、それ?」

「なにが?」

「普通、勇者本人を呪わない? なんでその魔王は、なんも関係無い世界の【日本】でそんなことをしたのよ?」


 その輪にいたクール系女子がそんなことを言い出す。

 その話を聞いていた一部の他の連中も同調してる。


 それに対し噂を言い出した子が答える。


「それがね、その勇者、『日本人』だったのよ」

「えー、なにそれー」


 なにそれー系女子がそう言う。こいつそれしか言わねぇ……

 確かに”なにそれ”だけど。


「でね、どうやってその世界に行ったかはわからないけど、その勇者が『日本人』だったから、勇者の故郷を壊すために、別世界で”最も強い”【日本】を召喚したのよ。互いを潰しあわせるために」

「へぇー、そうなんだ」

「クソ迷惑な話じゃん。てか、なんで【日本】を召喚したの? 隕石でも落とせばよくない?」

「さぁ? 私に聞かれてもわかんないよー」

「だよねー」


 笑い声が穴倉に反響する。

 そして落ち着いた頃にクール系女子がこう切り出した。


「てか、どこが【最強の日本】なのよ……『向こう』の方が技術は上なんだし……」


「――が撃てるからじゃない?」


 うっさい女子の会話に、男子の声が介入した。誰もがその男子に視線を向ける。


「向こうは核なんか持ってないし、なぜかでトラウマになってる弱小国じゃん。こっちなんか、扱いなのに、それ以上の大量破壊兵器も所持している――」


「あっちからしたら、最強なんでしょ、【この国は】」


 男子の発言で、場が少し白けた。

 誰もが、何言ってんだコイツという顔を、その男子に向けている。


 少し経った後、女子達は自分たちの話題に戻った。


「てか、その噂、高橋先輩はどこから拾ったの?」

「隣の中隊の子から。そっちの隊にいる、銀髪の背がデカい男子が言ってたって」

「あー、あの前髪が特徴的な――」


 そこから、別の話題に入る後輩の女子たち。こいつらはいつもこんな感じで過ごしていた。


「ちぇ、しょうもねー」


 呆れた声がどこかで漏れる。

 私もそう思いながら、目を瞑って、少しでも仮眠をしようとしたら――


「立花、立花っ」


 ふと、興奮した声と一緒に、目の前にアイツが現れる。

 同じクラスメイトの津田だ。


 もう、クラスメイトは私とこいつだけになってしまったけど……


「……なによ、うるさい」

「知ってるかっ、こんな噂――」


 その単語を聞いた瞬間、私は瞬時に言った。


「魔王が日本に日本を召喚した話なら、さっき聞いた」

「え、ウソー! もう知ってるのかっ?」


 何度も見たリアクションを見せる津田。こいつの情報はいつもワンテンポ遅い。


「で、あんたはどこから仕入れたのよ、その噂」

「昨日、腹上死した高橋から」

「ええ~! 本当ですかそれ!」


 後輩たちがざわつく。

 そして、さっきまで目の前で雑談していた女子達が津田に言い寄ってきた。

 そして、自慢げに津田は答える。


「らしいぜ、相手は例の意中の看護兵、死ぬ間際に告白して、それで……」

「きゃー!!!!」


 ……うざい。


 そもそも人の色恋沙汰の話なんか聞きたくない。


 こんな風に騒ぐから嫌いだ。


 それに死んだヤツのそんな話なんかするな……

 死んだヤツが可哀想で気の毒になってくる……


 静かにしてやれって、私は思っているけど言わない。

 言えば士気が下がる……


「――うーぬ、羨ましい限りだよ高橋は……てなわけで立花――」

「謹んで断る。理由はタイプじゃないから」

「ガーン! てっ、まだ言ってねぇじゃねえか!」

「わかってるわよ、あんたが何を言い出すのか」


 もう挨拶するレベルまで恒例化してるから知ってる。

 私の返事も恒例化しているけど。にも関わらずコイツは――


「お? 俺の言いたい事がわかるってことは……唯、やはり俺達は両想いだな」

「はい?」


 ごめん、そのパターンは知らないわ。


 てか、何言ってんだコイツ? 

 あと、さり気なく名前で呼ばないでくれ。


「つまり、俺達はお互い何を思っているのか、わかるって事だ。そうだろう唯?」


 ……本当に何言ってるんだコイツは?


 しかし、穴倉内で笑いが漏れ始める。雰囲気が軽くなったのを感じた。


 ……なら一応、茶番には付き合ってやろう。

 これも士気向上に役立つだろう。


「へぇー、じゃあ、いま私が何思ってるか、当てられるの?」

「当然さ」

「答えてみろ」

「顔が渋かったら良かったのにって思ってんだろ!」

「正解」


 どっと笑いが起きる。


 そして、例の後輩の女子たちに囲まれながら泣き出す津田。

 それに追い打ちをかけるように茶化す声も飛ぶ。


 それについては可哀想だと思ったが……


 つか、当てるも何も、前々から言ってるから知ってるだろ。

 別に両想いも心の内がわかるも何もねぇだろと。


 ……まぁいい、これで場の雰囲気は良くなった。

 そんな事を考えていると、あの雑談後輩女子の一人が言い出した。


「けど、津田先輩はいいな……私も恋、してみたかった」

「玉砕しているのに? 48回も」

「ぐすん、正確には364回だな」

「えー、そんなにですかっ」

「津田先輩、すごー」


 雑談後輩女子たちの輪に津田が入り込んでそんな話をし始める。

 割とどうでもいい話題だ。


 そう思っていた……


「いやさ、私って恋とかした事ないし、一度でもそういうの、してみたかったなって……」

「あ……」

「私も……」


 その言葉をきっかけに、穴倉内は更に暗くなったように感じた。


 笑いが、雑談が途絶えた。


 そのきっかけを作りやがった女子が、続ける。


「そう思うと、やっぱ真剣に恋してる津田先輩って、なんか憧れるなぁって……もしかしたら、これが最期かもしれないと思うと私……何もしないまま死ぬのは……嫌だ……そう、思ったら……死にたくないなぁって……」


「……後悔、したまま……死にたくないよ……」

「…………」


 胸の傷が、ずきりと痛んだ。


 ——やめろ。今それを言うな……


 少なくとも、今その話はしないでくれ。

 そんなのは、”宿題”が終わってからにしてくれ……私の前でそんな話をしないでくれ……


 ふと周りを見渡せば、他の連中の雑談がぱたりとやんでいた。


 静かになる穴倉。


 今聞こえるのは、味方が必死こいて放っている砲弾の発射音と着弾音のみ。

 時々、振動が襲って土が零れてくる。

 そして、悲しみに満ちた暗い雰囲気に支配された……


 ……あー、くそ、せっかくの緊張状態が解消していたのに、みんな暗い雰囲気に包まれてやがる。


 みんな、そんな後悔をしているのだろうか?


 ……余計なことを……出撃前にこんな状態で戦えば、本当に死ぬぞ……


 だから私は、腹の底から言った。


「……バカ野郎。この戦いから生き残ってから、好きなだけ恋愛すればいいじゃない」

「……立花……同志軍曹?」


 全員の顔がこっちを見る。そんな中、元気になるおまじないを告げる。


「だから――全小隊! 全員生き残るよ。命令だ」

「「「「は、はい! 立花同志軍曹!」」」」

「復唱開始! 生きる、生きる、生きる!!」

「「「「生きる! 生きる! 生きる!」」」」

「もっと腹から声を出せ!!! 生きる!!! 谷川〇太郎!!!」

「「「「生きる!!!!! 谷川〇太郎!!!!!」」」」

「よしッ!!!」


 穴倉にいる全小隊員がとても元気良く答える。

 とても気持ちがいい。


 しかし、まだまだ割り切れてない顔もある。

 だから私は、いつもの“餌”を投げた。


「津田上等兵」

「はい、立花同志軍曹!」

「もし生き残ったら、一つだけ何でも聞いてやる」

「ホントですか! 同志軍曹!」


 敬礼しながら、嬉しそうにそう答える津田。

 瞬時に空気を読んで、立場を崩さずに答えているから少しポイントは高い。

 これで顔がな……


 ……いや、今はそれどころじゃないのだが――


「で、何を願う?」

「俺、立花の姓になりたいんだ、唯。正三に」

「……飛躍しすぎだ。バカ……」


 ツッコミどころがいっぱいあるけれど、おかげでどっと笑いが飛び出す穴倉。


 馬鹿笑いしてる奴もいて、それに釣られる奴もいる。

 津田を茶化す奴もいる。


 どうやら成功したようだ。良かった。




 今、この小隊を預かっているのは私だ。


 前任者の”先生”たちや政治将校たちが死に過ぎた為、

 今や、ただの生徒が率いている。


 言ってしまえば、クラスの”委員長”みたいなものだ。


 その委員長役になって早や半年……


 気づけば、私は歴戦の小隊長になっていた。

 こんな役、私が担うはずじゃなかったのに……




 この地獄の新潟戦線で――1年半も戦っていた。


 まだ”高2”でだ。




 津田とは、こんな感じだ。


 夫婦漫才みたいなやり取りをして、場を軽くする。

 本気半分(と私は信じている)で私に惚れていて、冗談半分でも付き合ってくれる。


 ——言うなれば、相棒みたいな存在だった。


 性格も良くて、顔だってイケメンで、学校じゃ人気者だった。

 そんな奴が、なぜか、こんな私を好いている。


 けど、はっきり言って顔がタイプじゃない。私のタイプは――


 その時、支給された腕時計から音が鳴る。胸も高鳴る。




 ――時間だ。




 私は、小銃とヘルメットを掴んで立ち上がる。

 それを見て、皆も装備を抱えて立ち上がった。


 そして、全小隊員に告げる。


「出撃だ。目標は前面の塹壕の奪取。いつもどおりだ。祖国のために、ここで引くわけにはいかない」


 心から思ってもいない言葉を吐きながら、通学帽代わりの鉄のヘルメットを被り、スカートに付いた土を払い、銃のコッキングレバーを叩く。


 ——祖国だの大義だの、本当はどうでもいい。


 私が欲しいのは、ただひとつ。今日を生き残ること。

 皆と共に、明日を迎えること――


 そして、入り口前に立って、願いだけは本音を告げる。


「腹を括れ、今日も生き残るぞ……行くぞ、第2小隊! 付いてこい!」

「「「「了解!!!」」」」


 先頭に立って、我先に穴倉から出る私。

 それに皆も続いてくる。


 これから向かうのは戦場。

 ——いつもの“宿題”が、待っている。




 先週、奪われた陣地へ、カチコミをかけて取り返す。


 それが”高校生”である私たちの”宿題”だ。


 軍服じゃなく、中学の頃から着続けている制服を身にまとう。


 女子はスカートのまま、銃と防弾ベストとヘルメットで武装して戦場へ向かう。


 私たち“学徒兵”の通学先は、校舎じゃない。戦場だ。


 新しい制服も軍服も、配られないまま……


 宿題という名の命令を片付けて、戦い、生き残る……

 



 それが私たち、『学徒兵』の日常だ。


※続く


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