第37話 純情という演技
りおのスマホが、振動した。
通知音。
りおが、画面を見る。
その顔が、強張る。
「来た…」
小さく呟く。
「メール?」
「うん」
りおが、私に画面を見せる。
**守屋直哉**
『予定通り、20時に到着する』
『楽しみにしてるよ』
『おまえと同じように、稼がせてやるよ』
その文面を見て、吐き気がした。
稼がせる。
まるで、商品のように。
モノのように。
「のぞみちゃん」
りおが、私の手を握る。
「最後の準備、しよう」
「はい」
私は、頷いた。
りおが、化粧道具を取り出す。
「座って」
ソファに座る。
りおが、私の前に立つ。
「今から、メイクするね」
「メイク…」
「うん」
りおが、ファンデーションを手に取る。
「誰よりも、可愛くなるように」
そう言って、りおは私の顔に触れ始めた。
優しく。
丁寧に。
まるで、願掛けをするように。
「のぞみちゃんは、元々可愛いから」
「少し手を加えるだけで、すごく可愛くなる」
りおの手が、私の頬を撫でる。
ファンデーションを伸ばす。
「肌、綺麗だね」
「ありがとう…ございます…」
次に、アイシャドウ。
「目を閉じて」
言われるままに、目を閉じる。
柔らかい筆の感触。
まぶたに、色が乗せられる。
「ピンク系にしよう」
「可愛らしく」
「純情な感じに」
純情。
演技。
私は、純情な女の子を演じなければならない。
「はい、目を開けて」
目を開ける。
りおが、マスカラを手に取る。
「上を向いて」
上を向く。
まつ毛に、マスカラが塗られる。
「まつ毛、長くなるよ」
「可愛くなるよ」
りおの声が、優しい。
まるで、本当に。
可愛くしてあげたい。
そう思っているみたいに。
「次は、チーク」
頬に、ピンク色が乗せられる。
「ほら、血色良くなった」
「可愛い」
りおが、微笑む。
「最後は、リップ」
唇に、色が塗られる。
ピンクベージュ。
自然な色。
でも、色っぽい。
「完成」
りおが、鏡を私に見せる。
そこには。
知らない女の子がいた。
でも、昨日よりも。
ずっと、可愛い。
目が大きく見える。
頬が、ふんわりとピンク色。
唇が、艶やかに光る。
「可愛い…」
思わず、呟く。
「でしょ?」
りおが、満足そうに笑う。
「これなら、あいつも喜ぶ」
その言葉で、現実に引き戻される。
これは、あの人のため。
あの人を、騙すため。
「服も、着替えよう」
りおが、クローゼットから服を取り出す。
白いワンピース。
清楚な感じ。
でも、スカート丈は短い。
「これ、着て」
「はい」
私は、着替える。
白いワンピースが、体に沿う。
鏡を見る。
完璧だ。
純情な女の子。
まるで、汚れを知らない。
そんな風に見える。
でも、実際は。
これから、汚される。
証拠を集めるために。
「のぞみちゃん」
りおが、私の肩に手を置く。
「覚えてる?演技」
「はい」
「笑顔」
私は、笑顔を作る。
口角を上げる。
でも、目は死んでいる。
「声」
「はい、わかりました」
高めの声。
従順な声。
「完璧」
りおが、頷く。
「これなら、大丈夫」
時計を見る。
19時45分。
あと、15分。
「のぞみちゃん」
りおが、私を抱きしめる。
「怖かったら、すぐに言って」
「私が、すぐに止めるから」
「約束」
「はい」
私は、頷いた。
そして、胸元を触る。
ポケットに、りおのパンツ。
お守り。
これがある。
大丈夫。
きっと、大丈夫。
その時。
ドアをノックする音が聞こえた。
コンコン。
時計を見る。
19時50分。
早い。
予定より、10分早い。
りおと、目が合う。
りおが、小さく頷く。
「いくよ」
私も、頷いた。
りおが、ドアに向かう。
私は、ソファに座って待つ。
純情な女の子のふりをして。
ドアが開く音。
「いらっしゃい」
りおの声。
従順な声。
「久しぶりだな、りお」
男の声。
聞き慣れた声。
守屋直哉。
いや、森直人。
私の上司。
足音が近づいてくる。
心臓が、早鐘を打つ。
「紹介するね」
りおの声。
「新しい子」
そして。
リビングに、男が入ってきた。
スーツ姿。
いつもの、上司の姿。
でも、その目は。
獲物を見る、獣の目。
「初めまして」
私は、立ち上がって。
笑顔で。
お辞儀をした。
「よろしく、お願いします」
演技が、始まった。
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