第32話 私は
私の頭の中が、グルグルと回る。
りおの言葉が、何度も反芻される。
上司。
あの人が。
メンバーの一人だった。
私は、あの人を尊敬していた。
入社して2年。
いつも丁寧に教えてくれた。
厳しいけど、優しい人だった。
「田中、これ頼めるか?」
「わからないことがあったら、いつでも聞いてくれ」
そんな言葉をかけてくれた。
会社も、一人で作り上げたって聞いた。
何もないところから。
たった5年で、従業員50人の会社に。
すごい人だと思っていた。
でも。
過去に、何があったのか。
知らなかった。
いや、知りたくもなかった。
「裏と繋がってた…」
私は、小さく呟く。
ボーイズグループ。
アイドル。
そこで、何をしていたのか。
りおに。
他のメンバーに。
何をしたのか。
「でも」
私の中で、葛藤が生まれる。
あの人たちが、りおを壊した。
傷つけた。
人生を奪った。
それは、許されないことだ。
でも。
「もしあいつらが、りおを壊さなかったら」
私は、りおを見る。
涙の跡が残る顔。
「i.sとして、活動しなかった」
りおは、アイドルにならなかった。
普通の大学生として、生きていた。
好きなボーイズグループを追いかけて。
友達と笑って。
普通の人生を送っていた。
でも、そうなったら。
私は、りおに出会わなかった。
i.sは、存在しなかった。
「何が、正解なんだ」
私の声が、震える。
りおが、私を見る。
「のぞみちゃん?」
「わかりません」
私は、正直に言った。
「何が正しいのか、わかりません」
りおが受けたことは、絶対に間違ってる。
でも、それがなければ、i.sはなかった。
私が、こんなにも支えられることもなかった。
「でも」
私は、りおの手を握る。
「一つだけ、わかることがあります」
「何?」
「今、苦しんでいるのは、りおさんです」
りおの目が、揺れる。
「そして、私も、苦しんでいます」
「この連鎖を、止めなきゃいけない」
私は、りおの目を見つめる。
「りおさんが受けたことは、絶対に許されない」
「でも、私を巻き込んでも、何も解決しない」
「上司に映像を送っても、りおさんの傷は癒えない」
りおが、唇を噛む。
「じゃあ、どうすればいいの」
りおの声が、弱々しい。
「私は、どうすれば」
「わかりません」
私は、正直に答えた。
「でも、少なくとも」
「これ以上、誰かを傷つけるべきじゃない」
「私を傷つけても、りおさんは楽にならない」
「上司を傷つけても、過去は変わらない」
りおが、震える。
「じゃあ、私は、ずっとこのままなの?」
「いいえ」
私は、りおを抱きしめた。
「3日後、一緒に考えましょう」
「本当に戦うべき相手は、誰なのか」
「どうすれば、りおさんが救われるのか」
りおが、私の胸で泣き始めた。
「わからない…」
「もう、わからないよ…」
「私、どうすればいいの…」
私は、りおの背中を撫でる。
この子も、被害者だ。
傷ついて、壊れて、狂ってしまった。
でも、まだ間に合う。
まだ、引き返せる。
「りおさん」
「うん…」
「罰ゲーム、やめませんか」
りおが、顔を上げる。
涙で濡れた顔。
「でも…」
「私は、耐えます」
私は、りおの涙を拭う。
「3日間、りおさんと一緒にいます」
「でも、お互いを傷つけ合うのは、やめましょう」
りおが、私を見つめる。
長い沈黙。
そして。
「ごめん…」
小さな声で、りおが謝った。
「本当に、ごめん…」
「のぞみちゃん、ごめん…」
りおが、また泣き出す。
私は、ただ抱きしめていた。
二人とも、被害者だ。
二人とも、苦しんでいる。
でも、これで。
少しだけ、道が見えた気がした。
「3日後」
私は、りおに言った。
「一緒に、新しい道を探しましょう」
「本当の敵と、戦う方法を」
りおが、小さく頷いた。
夜は、まだ長い。
でも、少しだけ。
光が見えた気がした。
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