第33話 社長



翌朝。


目が覚めると、隣にりおが寝ていた。


同じベッドで。


服を着たまま。


昨夜、二人で泣いて、話して。


気づいたら、眠っていた。


窓から朝日が差し込んでいる。


2日目の朝。


私は、ゆっくりとベッドから起き上がった。


体は、まだ女のまま。


鏡を見る。


知らない女の子が映っている。


でも、少しだけ慣れてきた気がする。


リビングに行く。


テーブルの上に、りおのスマホがある。


画面が光っている。


通知。


見てはいけないと思いながら、目に入ってしまう。


**守屋直哉**


その名前。


メッセージの送信者。


守屋直哉。


上司の名前だ。


いや、違う。


それは、今の名前。


りおが言っていた。


「一人、逃げた」


「会社を起こした」


その人。


私の上司。


守屋直哉。


元ボーイズグループのメンバー。


本名は。


森直人。


私は、スマホから目を離す。


見てはいけない。


でも、頭の中に残る。


守屋直哉。


森直人。


同一人物。


あの優しい上司が。


りおを。


他のメンバーと一緒に。


「信じられない…」


小さく呟く。


でも、りおの涙は本物だった。


嘘をついているようには見えなかった。


「のぞみちゃん?」


りおの声。


振り返ると、りおが寝室から出てきた。


寝癖がついた髪。


腫れた目。


昨夜、たくさん泣いた跡。


「おはよう…ございます」


「おはよう」


りおが、小さく微笑む。


でも、その笑顔は、昨日までと違う。


どこか、弱々しい。


「ねえ、のぞみちゃん」


「はい」


「昨日、言ったこと」


りおが、テーブルの前に座る。


「覚えてる?」


「はい」


私も、向かいに座る。


「守屋直哉のこと」


りおが、その名前を口にする。


吐き捨てるように。


「あいつが、森直人」


「本名」


りおの手が、テーブルの上で握りしめられる。


「あいつが、一番ひどかった」


「リーダーよりも」


りおの声が、震える。


「あいつは、最初優しかった」


「『大丈夫、守ってあげる』って」


「でも、嘘だった」


りおの目に、涙が浮かぶ。


「あいつが、一番最初に、私を…」


言葉が、続かない。


私は、何も言えなかった。


「だから」


りおが、顔を上げる。


「あいつには、絶対に許さない」


その目は、強い。


でも、どこか虚ろだ。


「のぞみちゃんの上司だから、選んだ」


「最初から、計画してた」


りおが、スマホを手に取る。


「このスマホに、全部入ってる」


「隠しカメラの映像」


「のぞみちゃんが、女の子になって」


「私に、色々されてる映像」


私の胸が、苦しくなる。


「それを、あいつに送る」


「そして」


りおの目が、冷たくなる。


「あいつの会社を、潰す」


「メディアにリークする」


「あいつの過去を、全部暴露する」


りおの計画。


復讐の計画。


「でも」


私は、言った。


「それで、りおさんは救われますか?」


りおの手が、止まる。


「救われる…?」


「はい」


私は、りおの目を見る。


「上司を潰しても」


「会社を潰しても」


「りおさんの傷は、癒えますか?」


りおが、唇を噛む。


「わからない…」


「でも、やらなきゃ」


「あいつを、許せない」


その気持ちは、わかる。


でも。


「りおさん」


「ん?」


「本当に戦うべき相手は、誰ですか?」


りおが、黙る。


「守屋さんだけじゃない」


「他のメンバーも」


「そして、今の社長も」


私は、ゆっくりと言葉を続ける。


「でも、一番は」


「りおさんを、商品にしているシステムそのものじゃないですか?」


りおの目が、揺れる。


「システム…」


「はい」


「アイドルを、人間じゃなくモノとして扱う」


「休みも与えず、働かせ続ける」


「本名も、友達も、全部奪う」


「それを、許している業界そのもの」


りおが、震える。


「でも、どうすれば…」


「わかりません」


私は、正直に答える。


「でも、少なくとも」


「私を巻き込んで、上司を潰しても」


「何も変わらない」


「りおさんは、まだそのシステムの中にいる」


りおが、項を垂れる。


長い沈黙。


そして。


「のぞみちゃんの言う通りかも」


小さな声で、りおが言った。


「私、間違ってた」


「復讐しても、何も変わらない」


りおの涙が、テーブルに落ちる。


「じゃあ、私、どうすればいいの…」


私は、りおの手を握った。


「一緒に、考えましょう」


「まだ、2日あります」


「その間に、本当の答えを探しましょう」


りおが、私を見る。


涙で濡れた目で。


「ありがとう…」


そして、また泣き出した。


私は、ただ手を握っていた。


復讐の連鎖を、断ち切るために。


二人で、新しい道を探すために。


まだ、時間はある。


窓の外では、朝日が昇り続けていた。

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