第16話 露天風呂
一歩、また一歩。
私は震える足で、露天風呂へ向かった。
木の床が、素足に冷たい。
外の空気は冷たいけど、湯気が立ち上っている。
露天風呂は、部屋の外のテラスにあった。
周りを見渡す。
山。
木々。
空。
誰もいない。
叫んでも、誰にも聞こえない。
「綺麗な景色でしょ?」
りおが、隣に立つ。
全裸で。
何の恥じらいもなく。
私は、目を逸らす。
お湯に足を入れる。
熱い。
でも、気持ちいい。
ゆっくりと体を沈める。
お湯が、肌を包む。
女の体の肌。
敏感な肌。
りおも、隣に入ってくる。
お湯が揺れる。
二人きり。
山の中の露天風呂。
沈黙。
私は、質問した。
「あの…佐々木さんたちは…」
「ん?」
りおが、リラックスした様子で答える。
「他の参加者のことを、聞きたいの?」
「はい…」
「あーあれ?」
りおは、あっさりと言った。
「全員、仕込み」
「え…」
「そー。全員、事務所の人間だよ」
仕込み。
全員。
「でも…ファンって…」
「演技だよ、演技。上手だったでしょ?」
りおが、楽しそうに笑う。
佐々木さん。
高橋さん。
田村さん。
山田さん。
みんな。
全員、偽物?
「なんで…そこまで…」
「だって」
りおは、お湯の中で体を伸ばす。
「私、この事務所、大きくしてあげたんだし」
その言葉には、誇りと、どこか冷たさがあった。
「休み、1年で2日しかなくて」
「2日…」
「うん。365日のうち、363日働いてるの。ライブ、テレビ、雑誌、イベント、握手会」
りおが、指折り数える。
「いーーーっぱい、稼いであげたからね」
その声は、明るい。
でも、どこか疲れている気もした。
「だから、これくらいのご褒美、もらってもいいでしょ?」
りおが、私を見る。
「のぞみちゃんを、私だけのものにする、3日間」
ご褒美。
私が。
私が、ご褒美。
「でも…俺は…私は…」
「大丈夫だよ」
りおが、私の肩に手を置く。
お湯の中で。
肌が触れ合う。
「3日間だけだから。それが終わったら、ちゃんと元に戻してあげる」
「本当に…?」
「うん。約束」
りおが、にっこりと笑う。
その笑顔は、ファンが見る笑顔。
でも、今は、何を考えているのか、わからない。
「ねえ、のぞみちゃん」
「はい…」
「私のファンでいてくれて、ありがとう」
「え…」
「本当は、ファンの人たち、みんな好きだよ。でも、こうやって触れ合えるのは、特別なの」
りおの手が、私の頬に触れる。
「だから、この3日間、大切にしたいの」
大切。
この状況で?
「怖がらないで。痛いことはしないから」
りおが、私の髪を撫でる。
お湯の中で。
二人きりで。
「ね、のぞみちゃん、私のこと、好き?」
「え…」
突然の質問。
「ファンだったんでしょ?私のこと、好きだったんでしょ?」
「それは…はい…」
「じゃあ、大丈夫だよ」
りおが、私に寄り添う。
体が触れる。
柔らかい。
温かい。
「好きな人と、3日間一緒にいられるなんて、幸せなことじゃない?」
その言葉は、正しい。
でも、何かが違う。
こんな形じゃなかった。
こんな風に、りおと過ごしたかったわけじゃない。
でも。
選択肢はない。
「そうですね…」
私は、震える声で答えた。
りおは、満足そうに微笑んで、私の頭を胸に抱き寄せた。
柔らかい。
温かい。
ファンなら誰もが憧れる、りおの体。
でも、私は。
恐怖と混乱の中にいた。
お湯の中で。
山の中で。
誰も助けに来ない、この場所で。
私の3日間が、始まったばかりだった。
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