第14話 なんで?
鏡の中の知らない女の子を見つめながら、俺は…いや、私は、混乱していた。
「なんで…なんでこんなことに…」
声が震える。高い声で。
りおが、背後から私の肩に手を置いた。
「なんで?女の子になったか、知りたい?」
りおの顔が、鏡越しに見える。
近い。
顔を覗き込んでくる。
その笑顔は、さっきまでの優しい笑顔とは、どこか違う気がした。
「知りたいです…」
私は小さく答える。
りおは、にっこりと笑った。
「サービスエリアで食べたでしょ?チョコレート」
「チョコレート…?」
記憶を辿る。
サービスエリア。
休憩中。
自販機で缶コーヒーを買って。
そして。
「あ…」
思い出した。
女性たちの輪に入った時。
佐々木さんが、チョコレートを配っていた。
「これ、お土産で買ったんだけど、良かったらどうぞ」
みんなに配って。
俺にも一つくれた。
小さなチョコレート。
美味しかった。
「あのチョコレート…」
「うん」
りおは、楽しそうに続ける。
「あの中にね、君が女の子になるお薬、入れてたの」
は?
「え…」
頭が追いつかない。
薬?
チョコレートに?
「でもあれ、佐々木さんが…」
「うん、彼女にはお願いしてたんだ。田中さんに渡してって」
仕組まれていた。
最初から。
「どうして…」
「それはね」
りおが、私の耳元で囁く。
「私、女の子が好きだから」
女の子が。
好き。
「今年最後のご褒美を、事務所がくれたの」
りおの声が、甘い。
でも、どこか冷たい。
「それが、君」
私。
私が、ご褒美?
「3日間、女の子として、私の言うこと聞いてね」
りおが、私の頬に手を当てる。
柔らかい手。
温かい手。
でも、その言葉は。
恐ろしい。
「言うこと…って…」
「色々だよ」
りおは、にっこりと笑う。
その笑顔は、テレビで見る笑顔。
YouTube で見る笑顔。
ファンが愛する、あの笑顔。
でも、今は。
可愛くて。
恐ろしい。
「大丈夫。痛いことはしないから」
りおが私の髪を撫でる。
「ね?」
選択肢はない。
逃げられない。
ここは、7階。
外は、山の中。
そして、私の体は。
もう、女の子だ。
「わかり…ました…」
私は、震える声で答えた。
りおは、満足そうに微笑んだ。
「いい子」
そう言って、私の額にキスをした。
柔らかい唇の感触。
甘い香り。
ファンなら誰もが憧れる、りおのキス。
でも、私は。
恐怖と困惑で、体が震えていた。
「じゃあ、これから楽しもうね」
りおが私の手を取る。
リビングに戻る。
ソファに座らされる。
りおが向かいに座る。
「まず、名前を決めようか」
「名前…?」
「うん。田中信一じゃ、女の子っぽくないでしょ?」
そう言って、りおは楽しそうに考える。
「信一だから…しんちゃん…ううん、それも変だよね」
「のぶ…から、のぶこ?ああ、古臭いかな」
りおが、一人でブツブツ言っている。
私は、ただ呆然と座っていた。
これは、夢か。
いや、悪夢だ。
でも、胸の重さ。
体の感覚。
全部、リアルだ。
「あ、いいこと思いついた」
りおが顔を上げる。
「信、って字から…『のぞみ』はどう?」
「のぞみ…」
「うん。可愛いでしょ?」
りおが、満面の笑みで言う。
「これから3日間、あなたは『のぞみ』。私の可愛い、のぞみちゃん」
のぞみ。
それが、私の新しい名前。
3日間の。
私は、りおの言葉に、ただ頷くことしかできなかった。
俺の…いや、私の、本当の物語が、今、始まろうとしていた。
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