第3話


 リュティスは辟易していた。


 ウリエルのような人間も彼は見ていて苛立つため嫌いだったが、

 アミアカルバのようながさつも彼にとっては最もたる女の底辺である。

 あんな女を選ぶような馬鹿だから【魔眼まがん】を恐れぬ器を持っていても早死にするのだと彼は心の中で実兄に毒を吐いた。



 信仰の都、ザイウォン神聖国。



 国の中央に大聖堂を有するこの国の王都を見下ろせる高台に佇んで、

 リュティスは自分の手の平を見た。


(俺の、力)


 国を守るために与えられたと思うことで、生きる意志と共存させた魔統の力。


 第二の生に目覚めてから自分の望みを、突き詰めて考え続けていた。

 色々と考えはしたが、答えはいつも同じだった。


 死である。


 ウリエルはリュティス自身に生きる意志があったから【召喚呪法しょうかんじゅほう】に魂が応えたのだなどと言っていたが、リュティスにはサンゴール王国の王子として死にたい、それ以外の願いなどなかった。

 王子としての矜持を失っても生き永らえるなど、以ての外だ。

 どう考えても死ぬ以外に自分は望んでいなかった。

 再びの生を生きたいなど、少しも。


 リュティスは巨大な大聖堂にゆっくりと背を向けた。

 視線の先。

 高い山脈を越えたまだ向こうに、滅び去ったサンゴール王国がある。


 大天使バラキエルと戦った時に、リュティスは自分が死ねるかもしれないと思った瞬間があった。

 結局ウリエルの横槍で望みは叶わなかったが、だが死を近くに感じた。


 生前も感じたことがあることだ。


星喰いの竜シャーン・ドラゴン】が召喚された時、最前線にいたリュティスはその異界の魔物の魔力を肌で感じている。

 自分の魔力さえ、敵わないことが一瞬で分かったリュティスは禁呪を使った。


 大勢の魔力を吸い上げ、一つの大きな火球と成す。

竜殺しの剣バログサイファー】という禁呪の一つだ。


 一瞬にして焼き尽くされた人間達の魔力が、まだその領域に漂っていたからだ。

 人の身体が死んでも、魔力の死はそれよりも緩やかに訪れる。

 リュティスは機を逃さず、サンゴール王国軍の犠牲者の魔力を集結させ、魔力の剣と成した。


 相打ちにはなったが異界の魔物である【星喰いの竜】を殺すことには成功した。



 ――リュティスが生前ただ一度使った禁呪が、あれだった。



 禁呪を使う瞬間、精霊法を遵守する彼には、自分がここで死ぬことが容易く予期出来た。


 それが禁呪を使うということだったから。


 死ぬと思った時に過ったのは、

 やはりあの兄のことで、

 国のことで、

 リュティスがもし願ったというのなら、


 あの地で眠りにつきたい。

 

 その程度のことだった。


 サンゴールの大地で死にたいというその願望を、あのバラキエル戦でふと思い出した。

 無論、わざわざあんな得体の知れない女魔術師に追従して目覚めてまで、叶えたいような願いとは言えなかったが。


(だが望みはその程度だ)


 微かな希望を死に見い出したリュティスは、

 サンゴールを想っているうちに、ふと一つのことを思い出した。

 取るに足らない、どうでもいいことだ。



 ………………だが本当は、何よりも重大だったかもしれないもの。



 願いと言うならば、それは願いだったかもしれない。

 リュティスはその願いを叶えることを想像してみた。


 存外、その想像は悪くなかった。


 死ぬのは別にそれからでも構わないだろうと、そう思えるほどに。


 リュティスは歩き出した。

 はっきりと、明確に。


 多分ウリエルの手によって召喚されてから初めて、自らの意志で歩き出したのである。



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