第2話
雨が降っていた。
「あらリュティス。おはよう。
鬱陶しい雨よねぇ…………。
オルハは教会の手伝いに行ったわ。
朝食、食べる?
ああ、愚問だったわね」
リュティスは【天界セフィラ】で目覚めてから食事を必要としない状態だった。
そういえば眠ってもないようだ。
ミルグレンの話ではメリクもそのようだ、と言っていたような。
人間として必要な欲が欠落している。
「……痛むの?」
リュティスが眉を寄せて空を見上げているのを見て、アミアカルバが声を掛けた。
彼は大概こういう顔をしているので分かりにくいのだが、不機嫌だとかではない体調の不良を、アミアカルバは感じ取れた。
生前も彼はこういうことがあったからだ。
眠ったり身体を休めたりして頭痛は鎮められた。
だがこの身体だと、どうするのだろうとアミアカルバは思った。
「リュティス。私は貴方の義姉だけど、もうサンゴールの女王じゃない。
貴方に命じる権利はないことは、分かってるわ。
貴方の望むように何でもしていい。
だからこれは一つの提案よ」
「聞く必要があるのか?」
アミアカルバは苦笑する。
「ないわよ。
【次元の狭間】が開いて、サンゴール王国が不死者の侵攻に晒され始めた時、
貴方は宮廷魔術師団を率いて、国を守ってくれた。
内心驚いていたの。
ううん。貴方がサンゴールを脅かされてのうのうと奥館で暮らしているような男じゃないのは分かってたけど、あそこまでの戦功をあげてくれると思わなかった。
訳わかんない災厄に飲み込まれた中で、貴方が挙げてくれる戦功だけが私の慰めだった。
助けられたの。すごくね。
私にはなんて頼りになる義弟がいるのかしら! って」
アミアカルバは笑顔で両腕を広げたが、リュティスは首を反らしている。
彼女は溜め息をついた。
全く、兄はこんなことをすれば嬉しそうに腕の中に飛び込んで来たというのに、
相変わらず性格の正反対な兄弟である。
「……わたしにとっては、可愛いグインエルの弟よ。
家族として一緒にこれからも生きて欲しい。
でも貴方の力は、戦うことに使えば、誰かを守れるわ。
立派な力よ」
「――俺にウリエルに追従しろと言っているのか」
「言ってないってば。
力を持て余すべきではないと言ってるだけ。
貴方がサンゴールの国も亡く、平穏に暮らせないような気がしたから。
幸い物分かりのいいウリエル様は、復活の禁呪は各々好きな時に言ってくれれば行うなんて粋なこと言ってくれてるじゃない。
戦いなら地上でも出来るわ。街や国を脅かす魔物や不死者はまだいるのだから。
それを退治して人に感謝されるのも一興よ。
貴方の天性は、戦うこと。
戦いの中に、平穏を見い出す男だと思ってるわ。
地上で戦うか、天界で戦うかは、あんたが決めればいい。
勿論、その二者択一じゃないわよ。
賢いあんたなら分かるでしょ?
何だったらこの若くて美しい義姉を、第一の生で少しも労わず崇めなかった罪滅ぼしの為に、第二の生で思いっきり労わって崇め奉らってもいいわよ。一緒になんかお店でもやる?」
「脳が腐ったのかアミアカルバ」
「誰が腐った脳よ。オルハがいないと遊び相手がいなくてつまんないんだもん」
アミアカルバは溜息をつき、苦笑した。
「城にいた頃はその他大勢がいすぎて気づかなかったけど。
……家に子供がいないって静かなのね」
「……。」
「今更ミリーを無理にこちらに戻しても、魂が死ぬわ。
仕方ないわね。サンゴール時代より生き生きしてるんだもの。
あーあ! こうなったら早くキースとオルハに子供が出来ること祈るしかないわね!
姉さんも、私なんか顔も思い出せないエルバト王のこと、どうもまだ好きみたいなのよ。
だから当分再婚は期待できそうにないしさぁ。
オルハに子供出来たら滅茶苦茶可愛がってやるんだから!
何だったらこの際あんたでもいいのよ⁉
あんたも暇ならさっさとそこらへんの美女と結婚でもして子供作ってよ!
可愛い姪か甥をさっさとこの私に触らせて頂戴!」
「……前から思っていたが何故貴様のようなアホをウリエルは召喚したんだ?」
「生前の功労賞に決まってんでしょ⁉
私はエデン大陸で一番頑張った女王様なんだから!
……なんつー顔でこっち見てんのよリュティスあんた。
なにその珍獣を見つけたような顔は」
「……。」
「………。」
「……。」
「…………。」
「……。」
「否定をしろ!」
遠くで美しい、ザイウォン神聖国の鐘が鳴り始めていた。
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