第2話 悪魔のピエロ

人から借りたお金ほど、軽いものはないのかもしれない。

借りる時は、あんなに頭を下げて感謝した一万円なのに。

俺は、

ユリから借りた一万円を、

悪魔のピエロに、軽々しく飲み込ませていた。

前回と同じだ。

今日こそは勝てる。

そう思っていた。

残額九千円、八千円、七千円……

どんどん飲み込まれていく。

奇跡の「行け行けランプ」は、

未だに光る気配すら見せない。

受け皿のメダルは、もう無い。

機械台の残額表示――千円。

ここでやめれば、千円は返ってくる。

だが、たった千円だ。

この時点で、

俺の脳内の金銭感覚は、完全に狂っていた。

昼飯で千円のランチを食べるのは高いと躊躇するのに、

「マクラー」に注ぎ込む千円は、

鼻紙のように軽い。

俺は、残りの千円を――

メダルに変えた。

これで「行け行けランプ」が光らなければ、

俺の持ち金は、ゼロだ。

奇跡を信じて、リールを回す。

メダルが、どんどん飲み込まれていく。

残り三枚。

真のラストチャンス。

ここで外せば、

もう、俺に未来はない。

ラストリールが回転を始める。

ボタンを押すたびに、

額から汗が滲み出る。

三つ目のボタンを押した。

――奇跡よ。起こってくれ。

「キュイイイイイン!!」

奇跡は……起きた。

「行け行けランプ」が光る。

同時に、

ブドウの図柄が揃い、

メダルが七枚、戻ってきた。

周囲の視線が、

一斉に俺に集まる。

――分かってる。

――答えてやる。

俺は、奇跡を起こす側の人間だ。

ドーパミンが、ドバドバと溢れ出す。

まるでギャンブル漫画の主人公のように、

俺は「7」図柄を揃え、

大当たりを引き当てた。

「よっしゃぁぁぁっ!!」

思わず立ち上がって叫んだ。

周りの奴らが、驚いた顔で俺を見る。

だが、そんな視線すら、どうでもよかった。

俺は完全に、ランナーズハイに入っていた。

――最高に、気持ちいい。

大当たりが終わり、

回転数がゼロに戻ったリールを回す。

前回は、

二百回転以上回して、大当たりを無駄にした。

だが、今日は違う。

昨日までの俺とは、違う。

二十回転目。

「行け行けランプ」が、光った。

今日この場で、

俺は英雄なのかもしれない。

周囲の視線を独り占めし、

再び、大当たり。

――俺は英雄だ。崇めろ。

大当たり後、

百回転以内に再び大当たりを引くことを、

「マクラー」界隈では「マク連」と呼ぶ。

その後も、余裕の表情で打ち続けた。

隣の奴が、

五百回転回しても当たらず、

泣きそうな顔をしている中、

俺は、またしても「マク連」をかます。

――かわいそう。

――メダル分けてあげよっか?

――うっそー、笑。

心の中で、

ボロ負けしているおっさんを見下し、

俺の心は有頂天になっていた。

二時間後。

俺は、そろそろ帰ろうと思い、

大量のメダルをケースに入れて換金した。

換金額――三万円。

使った金額は一万円。

差し引き、プラス二万円。

帰り道、俺は考える。

――二時間で二万円。

――時給換算したら、時給一万円だ。

真面目に働くのが、

バカらしく思えてきた。

昨日、「マクラー」で負けた記憶は、

俺の中から、きれいさっぱり消えていた。

俺は、

昨日迷惑をかけたユリに、

夕食を奢ろうと思い、

通話・メッセンジャーアプリの「ライム」を開いた。

この時、

「マクラー」で勝って有頂天になっていた俺は、

後に、この選択を

死ぬほど後悔することになる。

もし、タイムマシンがあるなら――

俺はこの時の自分をぶん殴って、

ユリを夕食に誘うライムなんて送らせず、

黙って、真っ直ぐ家に帰らせていただろう。

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