第3話 聖女の真実


「――新たな聖女が、奇跡を起こしたそうだ」


 ディアヴェルの声は、静かだった。


 魔王城の執務室。

 エリシアは報告書を持つ手を止める。


「……はい。

 病の子どもが、回復したと」


「本物か?」


「いいえ」


 即答だった。


「奇跡は起きています。

 ですが……未来が、不自然です」


 エリシアの視界には、いつもの分岐がない。

 あるはずの“選択肢”が、最初から削られている。


「新聖女の名は?」


「マリア・セントレイア」


 名を口にした瞬間、胸がざわついた。


「この人の未来が……見えません」


 ディアヴェルが、眉をひそめる。


「見えない?」


「はい。

 存在しているのに、未来が空白です」


 沈黙が落ちた。


「二つ、可能性があります」


 エリシアは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「一つは、世界に影響を与えない存在」

「もう一つは――」


「世界の一部として、固定された存在」


 ディアヴェルが、続きを口にした。


「……器だな」


 エリシアは、頷く。


「聖王国は、聖女を“作りました”」


 数日後。

 奇跡は、続いた。


「また治った!」

「神は我らを見捨てていなかった!」


 民は歓喜する。

 だが同時に、小さな異変が積み重なる。


「北の井戸が枯渇」

「農地で原因不明の腐敗」

「流行病の兆候あり」


 報告書を閉じ、エリシアは息を吐いた。


「……帳尻合わせです」


「どういう意味だ」


「奇跡を起こすたび、

 別の未来が犠牲になっている」


 彼女は、指を震わせた。


「未来を“消費”しているんです」


 ディアヴェルは、低く唸る。


「それは、聖女ではないな」


「はい」


 エリシアは、はっきりと言った。


「世界を壊す装置です」


 一方、聖王国。

 大神官セルヴァンは、民衆の歓声を聞いていた。


「見たか!

 神は我らを選んだのだ!」


 だが、内心は焦っている。


(おかしい……奇跡の代償が、重すぎる)


 それでも、止められない。

 止めれば、自分の罪が露見する。


 夜。

 エリシアは、一人で窓辺に立っていた。


(このまま進めば……)


 見える未来は、一つ。

 数年後、世界規模の破綻。


「悩んでいるな」


 ディアヴェルが、背後に立つ。


「はい」


 隠さなかった。


「止めれば、聖王国は崩れます」

「止めなければ、世界が壊れます」


「両立は?」


「……ありません」


 拳を握る。


「でも」


 顔を上げる。


「真実を、知らせることはできます」


 聖女の役割。

 奇跡の正体。

 未来を導くという意味。


「受け入れられなければ?」


「それも、選択です」


 ディアヴェルは、しばらく黙り――笑った。


「人間にしては、魔王らしい答えだ」


 数日後。

 魔王軍は剣を抜かなかった。


 代わりに、情報を放った。


 奇跡の記録。

 その裏で失われたもの。

 数字と事実。


 そして最後に、こう添えた。


 ――かつて追放された聖女候補

 ――エリシア・ヴェルナの予測である、と。


 世界は、揺れた。


「信じられるか?」

「だが……辻褄が合う」


 信仰と疑念が、拮抗する。


 エリシアは、理解していた。


 これは、救済ではない。

 裁きでもない。


 ただ、問いを突きつけているだけだ。


 ――奇跡を信じるのか。

 ――未来を選ぶのか。


 導く者として。


 彼女は、もう後戻りしない。

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