第2話 魔王軍の頭脳


「……本当に、ここでいいのですか」


 エリシアは、広すぎる部屋を見回した。

 壁一面に地図。机の上には整えられた書類。


「不満か?」


 背後から、ディアヴェルの声。


「いえ。ただ……参謀というより、学者の部屋みたいで」


「余は、無駄な威圧を好まん」


 魔王は肩をすくめた。


「恐怖で従わせる国は、長くもたない」


 その言葉に、エリシアは小さく頷く。


「……聖王国とは、正反対ですね」


「だろうな」


 最初の任務は、国境の村だった。

 聖王国軍が進軍準備をしているという。


「迎え撃つべきです」


 将軍グラディスが、地図を叩く。


「今なら、確実に勝てる」


「勝てます」


 エリシアは否定しなかった。


「ですが、三百人死にます」


 室内が静まり返る。


「……どういう意味だ」


「正面衝突した場合の未来です」


 エリシアは、別の地点を指す。


「夜襲なら、死者は五十。

 ただし、憎しみは残ります」


「なら、それで――」


「もう一つ、あります」


 エリシアは、少しだけ言い淀んだ。


「戦わない未来です」


 グラディスが、鼻で笑う。


「魔族が頭を下げると?」


「頭ではありません」


 エリシアは、はっきり言った。


「条件です」


 彼女は、未来を“言葉”に変える。


「三日以内に撤退すれば、何もしない。

 拒否すれば、補給路を断つ」


「脅しか」


「事実の提示です」


 ディアヴェルは、エリシアを見た。


「成功率は?」


「六割」


「十分だ」


 結果は、成功だった。

 剣は抜かれず、血も流れない。


「……理解できん」


 作戦後、グラディスが言った。


「なぜ、そこまで犠牲を嫌う」


 エリシアは、少し考えてから答える。


「嫌っているのではありません」


「?」


「数を、知っているだけです」


 誰が死に、誰が泣くか。

 未来視は、それを突きつけてくる。


「だから、避けられるなら避けたい」


 グラディスは、しばらく黙っていた。


「……参謀殿」


 呼び方が、変わった。


 一方その頃、聖王国。


「魔王軍の動きが読めません」


 騎士が報告する。


「罠も奇襲もない。

 だが、こちらの作戦は全て潰されている」


 大神官セルヴァンは、顔を歪めた。


「……やはり、聖女がいないからだ」


 自分の判断を、疑おうとしない。


 夜。

 エリシアは、廊下で立ち止まっていた。


 未来が、揺れている。


(選択肢が、減っている……)


「考えすぎだ」


 ディアヴェルが隣に立つ。


「怖いのか」


「……少し」


 正直に言う。


「私が選ぶことで、

 別の未来が消えていく」


「当然だ」


 魔王は、迷いなく言った。


「選択とは、そういうものだ」


 そして、少しだけ声を和らげる。


「だからこそ、余は君を信じる」


 エリシアは、目を伏せた。


「……聖王国が、新しい聖女を立てます」


 未来を見た結果だった。


「その先に、良い未来はありません」


「なら」


 ディアヴェルは言う。


「止めるか?」


「いいえ」


 エリシアは、首を振った。


「真実を、明らかにします」


 奇跡とは何か。

 聖女とは何か。


 選ぶのは、世界だ。


 エリシアは、参謀席に戻った。


 導く者として。

 逃げないと、決めたから。

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